2度目の首位打者へ 角中勝也ただいま逃走中

[ 2016年9月13日 08:30 ]

2011年8月21日、角中は三本間に挟まれるが打者の二進を助ける

 【長久保豊の撮ってもいい?話】居並ぶテレビカメラの前を一目散に駆け抜けた男はもう遥か彼方、米粒ほどの大きさで海岸線を見え隠れしている。

 マリンスタジアム裏の海岸から東へ真っすぐ。

 「あいつ、逃げたよね?」という問いかけに、ロッテの榎康弘広報は「逃げましたね」と苦笑した。

 2013年1月、前年のパ・リーグ首位打者の自主トレ公開。柔軟体操から始めるかと思いきやいきなりのランニング。テレビクルーからは「尺(映像の長さ)が足りない」と悲鳴が上がる中、どこへ行くのか、いつ帰るのかも言わずに走り去った男。

 「いいヤツなんです。ただちょっと、人見知りなだけなんです」。榎広報と一緒に、なぜかボクも頭を下げた。

 2度目の首位打者に向けてロッテ・角中勝也選手がばく進中だ。詰まった本塁打より完璧に叩いた右中間二塁打を愛する男。すなわちカキーンでスタンドインよりグヮキーンでガシャン(QVCマリンの外野フェンス上部にある金網に当たる音)が好きな男。

 ボクにとって、おそらく彼にとっても忘れられないシーンがある。2011年8月21日、雨の西武戦。その10日ほど前から一軍ベンチ入りしていたが、結果は残せず。ドラフトの順位など入っちゃえば関係ない、ということはない。我慢して使ってもらえる打席の数が違う。

 「きょうダメなら、また落ちちゃうんだろうな」。3回裏、先頭で打席に入った彼をそんな感慨で見ていた。

 記録の上では左中間二塁打。だが、そんな格好のいいもんじゃない。力を込めたスイングだったが芯を外された打球はフラフラと左翼・浅村と中堅・栗山の前に落ち不可思議に弾む。栗山が苦笑いで打球を処理するころには彼は二塁ベースの上にいた。その後の1死三塁、岡田の投ゴロで三本間に挟まれた彼はボールの下を何度もくぐり、岡田の二進を助け次打者のタイムリーにつなげた。彼はこの一連のプレーで一軍として認められ、翌年、首位打者にまで駆け上がる。

 二軍戦に多く足を運ぶ人、あるいはその中にひいきの選手がいる人ならばわかるだろう。素質、才能において彼らと一軍選手の差はほんのわずかなものであること。運、不運、少しのボタンの掛け違え。2006年のドラフト7巡目、それまでの彼に対するボクの認識は「時々、一軍に上がってくる選手」だった。

 あの日、彼の打球は不可思議にバウンドし、西武の外野陣を翻ろうした。がむしゃらな走塁が二塁を取り、挟殺プレーでの内野陣の追い込みを甘くした。左翼が本職ではない浅村であったこと、投ゴロを打った打者が俊足の岡田だったことが彼の運。その運で掛け違えたボタンを直し、がむしゃらに道を開いた。

 東へと彼が逃走を図ってから歳月が流れた。悪球打ちが彼の今季のキーワードだが、それは悪球を打って凡退しても下に落とされない実績を積み上げたからのこと。来年1月の自主トレ公開では、2013年の映像とつながるように東から西へ走って来てもらう。

 その時は「ずいぶん長い自主トレだったね」と皮肉を込めて言うつもりだ。(編集委員)

 ◆長久保 豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれの54歳。都立両国高校から、なぜか帯広畜産大学、なぜかスポニチ。写真部所属のカメラマンで、もう長いことロッテ担当。時々、ボクシング、ところによりフィギュアスケート。

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