広島・松田オーナー直撃「どうしても必要なラストピースが優勝じゃった」

[ 2016年9月11日 08:30 ]

インタビューに答える広島の松田オーナー

セ・リーグ 広島6―4巨人

(9月10日 東京D)
 広島・松田元(はじめ)オーナー(65)が25年ぶりリーグ優勝に込めた思いをスポニチ本紙に明かした。地域やファンの思いが詰まった球団創設からの歴史を踏まえ、恩返しがかなったことを喜んだ。

 ―リーグ優勝を待ち焦がれていたのでは?

 「ワシ自身が待ち焦がれていたと言うよりも、皆さんのために達成しないといけない。そういう気持ちが強かったね。カープには、地域やファンの思いが詰まって出来た経緯があり、皆さんにずっと支えられてきた球団じゃから、恩返しをしなければいけない…と。立派な球場ができ上がり、ファンの人が増えた。数選手も一生懸命に頑張った。そういう状況の中で、パズルに例えて言うと、どうしても必要なラストピースが優勝じゃったんよ。ようやくハメ込むことができ、ようやく恩返しすることができた」

 ―02年に亡くなられた先代の松田耕平オーナーも、心待ちにされていたと思います。

 「先日、父が1975年の初優勝の時に受けたインタビューの映像を見たんじゃが、同じことを言うとったよ。“ようやく、恩返しができた”と。創設からの25年間、父も球団の生い立ちや位置づけを分かっとるから。ツラーい時期があって、同じ言葉が真っ先に頭をよぎったんじゃないかな。たくさんの人たちに支えられ、恩を受けながら、なかなか返せなかったけんね」

 ―優勝の要因は多々あると思います。

 「一番はファンの人の後押し。これがやっぱり大きいと思う。本当にありがたいよね」

 ―グラウンドレベルではどうでしょう。

 「黒田と新井。ベテラン2人がチームを引っ張ってくれたことが大きいじゃろうね。シーズン通して1~3番を固定して戦えたし、鈴木誠也も成長した。選手会長の小窪も大きいと思う。表に出ないところで動いてくれとるはずなんじゃ」

 ―緒方政権は2年目。変化はありましたか?

 「子どものころ(18歳で入団)からよく知っとるけど、彼は一本気な性格なんじゃ。変化球は投げられんのよ。確かに、1年目はいろんなことがあった。監督として、変わらなきゃいけんという部分は当然、考えとったと思うよ」

 ―09年の新球場完成も要因の一つですね。

 「大きいと思う。黒田にしろ、新井にしろ、旧市民球場だったら、果たして戻って来てくれたかどうか。施設が老朽化しとった旧市民球場の時のように、相手球団に頭を下げて、肩身の狭い思いをしながら野球することは、今はもうない。広島の人たちをはじめ、皆が誇りに思える球場でプレーできることは、選手にとっては大きいと思う」

 ―1リーグ制が取り沙汰された04年の球界再編騒動。近鉄とオリックスの合併賛否が議論されたオーナー会議では唯一投票を棄権し、“カープは公共財。地域に健全な形で残すのが使命”と演説されました。

 「その思いは今も変わらんよ。当時が(経営的に)一番苦しかった。健全に…という意味は赤字にせんこと。絶対に、赤字にはするまいと思うとった。創設からずっと借金に苦しみ続け、(初優勝した)75年にようやく返済した。それ以降は黒字なんじゃけど、あの苦しい時期も、どうにか、やりくりして、黒字をキープしたい。努力せんにゃいけんと思いよった」

 ―放映権料が下がった。

 「当時で約30億円。それで選手の人件費を賄えればいいな…という感覚でおったんじゃけど、あれ以降は、どんどん巨人戦の価値が下がっていった。結構、堪えたよね。何かで(収入の)柱をつくらんといけん。グッズに力を入れ、当初は2億円ぐらいしかなかったものが、早い段階で2倍になり、旧市民球場の最終年(08年)には10億円ぐらいになった。マツダスタジアムに移転して15億円になり、以降もどんどん伸びて、今は30億円。少しずつじゃけど、カバーはできたと思うな」

 ―新球場は日本初のボールパークとして人を集めた。

 「新球場は3世代が一緒に見に来られる施設が望ましいと思うた。旧市民ではお父さんが子どもを連れて来ていたのが、今度は車椅子でおじいさんを連れて来る。その時に孫も一緒について来る。この話をしたら涙が出るわ…」

 ―聞かせてください。

 「開場1年目じゃったと思うが、車椅子に乗ったおじいさんの手を小さな孫が引いて、お父さんが(車椅子を)押しとるんじゃ。一緒に手をつなぎ、皆でコンコースを歩いとった」

 (涙ぐみながら)

 「その光景を見て、ほんとによかったと思うた。球団の生い立ちを振り返ると、3世代、4世代に思いが引き継がれとるんじゃ。1年目から入場者数が結構増えたけど、お年寄りの人たちが随分来てくれちゃったんじゃ。お年寄り、年配の方たちが足を運べる球場が、ようやくできたと思うた。車椅子のおじいさんは、孫のお父さんが子どもの時に、旧市民球場に連れて行っとるはずなんよ。今度は、自分が新球場に連れて行ってあげようと。そういう気持ちが表れた光景を見たから、うれしかったね」

 ―FA制度で選手が流出し、ドラフトでも逆指名制度などで人材獲得に苦労した時期があった。

 「今にして思えば、イバラだらけじゃったけど、野球界のルールが変わっても道はあると思うとった。どういうことがあっても、ウチのスカウトは素質のある選手を見つけてきてくれると。ワシは皆が言うほど不利とは思わんかったけど、仮に不利だとしても、絶対に覆すことができると思うとった。過信だったかもしれんが、そこは自信を持っとったんよ」

 ―ファンは黄金時代の再来を期待しています。

 「菊池や丸らは脂が乗りきる一歩手前。脂が乗りきるのにもう少し時間があると思うけど、それまでに次のことを考えておく必要がある。来年、再来年のことも大事なんじゃが、鈴木誠也が中心になるような、次世代のチームづくりも考えんといけんよね。地域とファンの人たちの支え、期待に応えるためにもね」

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