野球という仕事 伊東勤がいる風景

[ 2016年9月1日 08:45 ]

仁王立ちして練習を見守る伊東監督

 【君島圭介のスポーツと人間】8月の太陽は容赦がない。古代ローマの円形闘技場のようなロッテの本拠球場が鉄なべに見える。うだるという表現がぴったりだ。ナイターの開始まで5時間あるが、グラウンドにはすでに人がいた。伊東勤がマウンド付近で打撃投手をしている。短パンにTシャツのラフなスタイル。1球ごと田村、加藤、平沢ら若手のスイングをチェックしながら投じる。

 人工芝の照り返しが暑さを増幅する。立っているだけでめまいを誘う。「一番暑い中で練習して、ふらふらになる手前まで振り込めば何かいいものが出てくる」。科学的な根拠はない。だが史上最強とうたわれる80年代の西武黄金期に扇の要を務めてベストナイン10度、ゴールデングラブ11度受賞。ロッテには伊東の流儀に心酔し、「日本でユニホームを着ている人間でウチの監督ほど野球を知っている人はいない」と公言する選手もいる。

 「おい!」。伊東が選手を呼び止め「どこか痛いのか?」と尋ねる。息子のいたずらをとがめる父親のようだ。直立不動で応じた選手はベンチに逃げ帰り、「やばい。監督にばれてた」と汗を拭く。それは冷や汗かもしれない。にらみを利かせるだけで若手は縮み上がる。「鉄拳制裁なんて書かれたこともあったけど俺は一度も選手に手を出したことはないよ」。暴力より、戦いの最前線から切り捨てられることの方が怖い。選手は「監督を胴上げしたい。そのとき一番近くにいたい」と願う。

 試合開始3時間半前になり、投手や野手の主力も加わって全体練習が始まる。ユニホームに着替えた伊東がノックバットを片手にグラウンドを見回す。打撃ケージの後ろで選手を観察し続ける。

 「俺は自分の目で見たものしか信じない」

 最強西武で投手陣の一角を担った松沼博久は捕手としての伊東を「投手が一番投げたい球を知っていた」と評した。相手の心の奥底まで見通す観察眼がある。数学を使って選手の個性を数値化し、上手に使い回す時代。自身の目で判断し、瞬間の決断を繰り返す。その絶対主義は古臭いのか。あるいは野球において普遍の価値観なのか。

 試合が始まる。強風で有名な球場だが真夏に限っては熱がこもる。日本一と称される右翼席の応援団から怒涛(どとう)のような叫び声が挙がる。伊東が身を乗り出してベンチを飛び出す選手を鼓舞する。炎天下で鍛え上げた若手も守備に就く。就任4年目。チームはいまだ伊東の裁量に頼らざるを得ない。だが応える選手も育ち始めた。

 9人の選手がグラウンドに散らばった。見えるのは伊東が信じる風景。そこには信じるに足る理由がある。(専門委員、敬称略)

 ◆君島 圭介(きみしま・けいすけ)1968年6月29日、福島県生まれ。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉は高校の大先輩。学生時代からスポーツ紙で原稿運びのアルバイトを始め、スポーツ報道との関わりは四半世紀を超える。現在はプロ野球遊軍記者。サッカー、ボクシング、マリンスポーツなど広い取材経験が宝。

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2016年9月1日のニュース