イチローに感じる感情表現の高等技術…「犬みたい」「弥生時代」

[ 2016年8月10日 09:00 ]

<ロッキーズ・マーリンズ>3000安打を放ち、ファンの声援に応えるイチロー
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 メジャー30人目となる通算3000本安打を達成したイチロー(42)のコメント力には、いつも感心させられる。生みの苦しみの末の快挙に「犬みたいに年取ったんじゃないか」なんて、なかなか言えるものじゃない。同行取材陣の経費まで気を遣っていただいたのは驚くと同時に恐縮してしまった。

 過去にもメディアに流れる一言一言を読んだり聞いたりすると、シニカルなのに大してイヤミに聞こえないし、遠回りな言葉遣いでストレートな感情を表現する高等技術を感じる。

 今年は新鮮な時事ネタを盛り込むことも多い。例えばピート・ローズの安打記録を更新した際、日本で号外が出たことを知らされると「別の号外の話も聞きましたけど」とサラリ。もちろんこれ、舛添要一前東京知事辞職ネタだ。広島の黒田投手が日米通算200勝を達成した際には「日米合算なんか俺は認めない」と、誰かさんへの意趣返しみたいなメッセージを発信した。打てば響く、当意即妙のレスポンスには驚くばかり。

 少々昔の話だが、今でも印象に残っている発言がある。マリナーズ時代の2007年7月13日。翌08年から5年間、総額9000万ドル(当時のレートで約109億8000万円)の大型延長契約を結び、シアトルで記者会見を開いた時だ。このとてつもない金額について尋ねられたイチローは、よどむことなくこう答えている。

 「この評価って平均年棒が500万円だとしたら、弥生時代からプレーしていないと達成できない数字なのでその評価って凄いと思う。1000万円でも多分平安時代ぐらいからですから」(07年7月15日のスポニチから)

 なんなんだ、この例えは。だいたい、野球選手は弥生時代だとか平安時代だとか言わないし。

 暇だった筆者は高校時代に使っていた山川出版社の「詳説日本史」を本棚の奥から引っ張り出して確認してみた。

 まず弥生時代から。大型契約の総額109億8000万円が500万円の分割払いだとすると2196年かかる。2007年から2196年をさかのぼると弥生時代の前半に相当する紀元前189年だ。おお、正解。

 次に平安時代。109億8000万円を1000万円で割ると1098(年)となり、2007年から引くと909年。古今和歌集が編さんされた4年後とのことだ。平安時代(794~1185年)の全盛期。

 つまり、前述の表現は決して口から出任せではなく、すべて事実と合致している。いったいどんだけ歴史通なんだイチローって。

 いや待て。そうではなく、たぶん会見前夜にそれとなく調べていたと想像するほうが自然だろう。「この質問、絶対にくるからね」という確信のもとに。「高い評価をいただいて、とてもうれしいです」程度の、誰でも言えそうな平々凡々コメントなど死んでも口にするものかという、並々ならぬ決意の現れではないか。

 単なる天の邪鬼(あまのじゃく)?いやいや、野球同様、やはり類いまれなるセンスの持ち主なのだろう。ボキャブラリー貧弱、手あかの付いたお手盛り表現しかできないわが身からすると、いちいち目からウロコが落ちる。恐れ入谷の鬼子母神、爪のアカをせんじて飲んでみたい。(記者コラム・我満晴朗)

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