新井 史上“最遅”の300号も…「だまされました」

[ 2016年8月3日 05:30 ]

<広・ヤ>2回無死一塁、通算300号となる2ランを放った新井

セ・リーグ 広島16―4ヤクルト

(8月2日 神宮)
 広島・新井貴浩内野手(39)がまた1つ勲章を手に入れた。2日のヤクルト戦(神宮)で、2回にバックスクリーンへ13号先制2ラン。史上“最遅”の2179試合目で、42人目の通算300本塁打達成だ。この日は3打点を挙げ、トップのヤクルト・山田に1差と肉薄。最年長打点王すら視界に捉えた。投げてはジョンソンが6回9安打4失点ながら、今季最多16得点の猛爆を背に2年連続の2桁10勝目を飾った。

 フェイクに引っ掛かっていた。2回無死一塁。石川の甘いシンカーを捉えた打球はバックスクリーンへ一直線。だが、比屋根が捕球態勢を取ったことで、走っている足を止めかけ、一瞬悔しげな表情を浮かべた。一塁ベースを回ったところで、気恥ずかしげに右手を突き上げ、メモリアル弾を確信。新井は苦笑いだ。

 「先制点を…と思っていたので、本当に嬉しかった。ちょっとコスり気味だったし、中堅の比屋根君が捕球態勢を取ったのでだまされました」。

 7月19日、中日戦(マツダ)以来の価値ある13号先制2ラン。歩みがまた新井らしい。広島では1980年の山本浩、衣笠以来36年ぶり3人目だが、2179試合目での“大台”到達は、78年の大洋(現DeNA)・松原誠の1862試合を大幅に更新する、史上“最遅”ペースとなった。

 ルーキー時代の1999年、6月6日の中日戦(浜松)が出発点だ。プロ初スタメンで左腕・野口から放ったプロ初アーチ。「あの本塁打が一番思い出深い。野村(謙二郎)さんが塁上にいて、ホームで出迎えてくれた時に頭をポンと叩かれたことを覚えています」
 4月26日のヤクルト戦で達成した史上47人目の2000安打と同じ神宮で飾った節目の1本。猛練習が土台にはある。当時の大下剛史ヘッドコーチから“バットは目いっぱい振れ、体が引きち切れるぐらい振れ!”と指導された。「ティーから何から“振り回せ”と。継続していくうちに振る力がついた」と感謝する。

 02年に28本塁打。翌03年に師と仰ぐ金本(現阪神監督)が移籍し、後任の4番に座った途端に壁にぶち当たった。「感覚で打っていたので…」。その時に金本から助言されたのが、体の軸で回転する打法だ。猛練習で確たる技術を身に付け、05年には43発を放って初の本塁打王に輝く。台頭には苦難の歴史があった。

 「まさか300本打てるような選手になれるとは思っていなかった。お世話になった方々、勝ち試合にしてくれたチームメートに感謝したい」。

 3点差とした3回、なおも無死満塁では右犠飛を放ち、今季76打点目をマーク。DeNA・筒香を抜き、リーグトップの山田とは1差に肉薄、最年長打点王すら射程圏に捉えた。それでも新井が追求するのはチームの勝利だ。「失うものは何もない。一戦一戦」。その目は既にリーグの頂点だけを見据えている。(江尾 卓也)

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