日立製作所、創部100年目で初王手 元西武・山本が7回零封

[ 2016年7月26日 05:30 ]

<東京ガス・日立製作所>日立製作所先発の山本

第87回都市対抗野球第10日準決勝 日立製作所2―0東京ガス

(7月25日 東京ドーム)
 準決勝2試合が行われた。日立製作所(日立市)は元西武の山本淳投手(34)が、東京ガス(東京都)戦に志願の先発で7回5安打無失点の好投。都市対抗での自身初勝利を手にし、チームを創部100年目にして初の決勝進出に導いた。トヨタ自動車(豊田市)は多木裕史外野手(26)が2号ソロを含む2安打。全4試合でマルチ安打をマークして、打率を・571に上げた。チームは7年ぶり2度目の決勝進出となった。

 こん身の力勝負で、山本は相手打者をねじ伏せた。2点リードの6回。味方の失策絡みで無死二塁のピンチを背負った。「一番きつかった」という場面で、3、4番を直球で連続三振。右拳を思い切り握って、闘志満点のガッツポーズだ。7回5安打無失点で7奪三振。都市対抗にはTDK千曲川時代の05年にも出場しており、12年越しで自身初勝利を手にした。

 「いやあ、ホントにうれしい。僕は白星と縁がない野球人生なんで…」。都市対抗通算4試合目で初先発。それは自ら志願したものだった。前日の準々決勝後、宿舎の和久井勇人監督の部屋を訪ねた。「何もやらないより、行動してチャンスをいただければ、と。自分の力でチームを勝たせたかった」。109球のうちカーブは1球だけ。最速149キロの直球にカットボール、シュート…。無我夢中で力で押した。

 「プロではチャンスを逃してばかりだった」。07年から7年間、西武でプレー。1軍では2試合に先発したが、未勝利で退団した。しかし、元西武投手コーチで当時から世話になる石井貴氏に教わった「流儀」は、今も忘れてはいない。「周りを気にせず、自分の信じたことをやれ」――。自分を信じて先発を志願し、最高の結果を出した。

 チームは創部100年目で初の決勝進出。和久井監督は試合後のインタビューで「きょうは山本に尽きる。山本、ありがとう!」と大応援団に向かって絶叫した。初の黒獅子旗へ。チームは最高のムードで決戦に臨む。(鈴木 勝巳)

 ◆山本 淳(やまもと・じゅん)1982年(昭57)4月16日、神奈川県生まれの34歳。東海大相模から国際武道大を経て、05年にTDK千曲川(佐久市)に入社。同年の都市対抗に出場した。06年大学・社会人ドラフト3巡目で西武に入団。通算成績は37試合で0勝3敗、防御率5・52。13年限りで退団し、14年から日立製作所でプレー。1メートル87、80キロ。右投げ右打ち。

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