「土守」の激励 北條の失策は甲子園からのメッセージ

[ 2016年7月20日 10:30 ]

<神・巨>2回表2死一、二塁、内海の打球を弾いて失策を犯す北條

セ・リーグ 阪神1-6巨人

(7月19日 甲子園)
 【内田雅也の追球】そのゴロはほんのわずか、予測より弾んだかもしれない。ただし不規則バウンドと言うほどの変化ではなかった。

 微妙な打球で、公式記録員も判定を迷ったのだろう。やや時間があり、電光板に「E」のランプが灯(とも)った。失策である。

 2回表2死一、二塁で巨人・内海哲也が放った三ゴロである。阪神三塁手・北條史也がはじいた。処理していれば無失点。直後に2点二塁打が出て高価な失策となった。

 しかし、嫌らしい打球や、ましてや土を恨んではいけない。甲子園球場は知っている。まだまだ力不足なのだ。もっと鍛錬すべきだと、あのゴロが教えている。

 この日は「甲子園の土守(つちもり)」と呼ばれた名グラウンドキーパー、藤本治一郎の命日だった。1995年7月19日、70歳で鬼籍に入った。

 戦前1940年、15歳で阪神電鉄に入社。定年後の87年まで47年間にわたり甲子園球場の整備に携わった。グラウンドを自分の息子のようにかわいがった。娘婿の後継者、辻啓之助は「土と会話せい」と言われた。

 江夏豊は若いころ、砂ぼこりが口に入り、土の上にツバを吐くと「自分の職場にツバを吐くとは何ごとか」と?られた。「職場」という言葉にプロ意識が高まった。試合で不規則バウンドが掛布雅之の右肩に当たると、飛んできた。「すまんかったな。許してや」

 泉下の「土守」は今の低迷を必ず見ている。そして土や球場を通じ、?咤(しった)激励しているのだ。

 朝に藤本が逝ったあの日も夜に甲子園で巨人戦があった。0―7の完敗だった。阪神担当キャップだった。よく覚えている。監督・中村勝広が辞意を固めたことが分かり、1面原稿を書いた。

 当時は借金16、首位ヤクルトに17・5ゲーム差の5位だった。今は借金12、首位広島に16・5ゲーム差の最下位。真夏の暗闇のような状況はどこか似ている気がする。

 この夜は2回表も3回表も2死から4失点している。投手を失策と四球で出塁させ、1番・橋本到に2点二塁打を2本浴びた。「あと1死」で踏ん張りきれない。詰めの甘さも当時に似る。

 藤本の心は阪神園芸の後輩に引き継がれている。敗戦後の深夜、グラウンドキーパーたちが黙々と整地、散水し、目の前に美しいグラウンドが広がった。この土や芝に恥じないプレーをする使命が、猛虎たちにはある。 =敬称略=(スポニチ編集委員)

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2016年7月20日のニュース