「青い稲妻」松本匡史氏支えた妻 長嶋監督のねぎらいに涙

[ 2016年6月22日 08:00 ]

松本匡史氏(右)と妻・由佳さん

 かつて「青い稲妻」と呼ばれ巨人の不動の一番バッターを務めた松本匡史氏(61)。現役時代も、指導者になってからも陰ながら支え続けた妻・由佳さんの姿があった。22日に放送されるTBS「壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち」(後7・56)で夫妻の歩みと、恩師である巨人・長嶋茂雄終身名誉監督との物語が描かれる。

 プロ入りした時から長嶋監督との縁は深かった。早大4年生時、松本氏はプロ入りを拒否していたものの、巨人はドラフト5位で強行指名。松本氏を強く入団させたいと希望した長嶋監督が直談判にやってきて、熱く説得した結果、松本氏は1976年に巨人入りする。

 松本氏がプロ入り2年目の78年、食事会で由佳さんと知り合うと、口下手ながら毎日電話をかけ続け猛アタック。出会って1カ月で交際が始まった。翌79年、脱臼の手術をした時や、その後のリハビリの補助も由佳さんが懸命にサポート。そしてその年のオフに結婚したが、結婚式にも参加してくれた長嶋監督の元を夫妻で訪ねると驚きの言葉をかけられた。

 ハワイへ新婚旅行に行くと伝えた2人に、長嶋監督は「今旅行をしている場合なのか?人が休んでいるときこそ練習する。そうでないとレギュラーを奪うことはできないぞ」と注文。監督の一言で新婚旅行は中止となりショックを受けた由佳さんだったが、プロ野球選手の妻になった、覚悟を決めなければならないと自覚した瞬間だったともいう。

 オフの練習を手伝い、スイッチヒッター転向の助けになればと利き腕ではない左手がスムーズに動かせるよう豆をはしで移すトレーニングもした。その甲斐あって、新婚旅行を我慢した翌80年からレギュラーをつかみ、83年には現在も破られていないセ・リーグ記録のシーズン76盗塁をマークした。

 89年に松本氏が指導者になってからも、自律神経失調症に苦しんだ時は由佳さんがあらゆる病院やカウンセラーを訪ね、夫の症状を改善する方法を探した。夫婦で約3年戦った結果、病を克服することができた。

 1軍を長嶋監督が率いていた95年に松本氏は2軍監督に就任。01年には1軍のコーチを務めたが、同年限りで長嶋監督が勇退すると、松本氏もユニホームを脱いだ。

 今回夫妻は長嶋監督と久しぶりに対面。由佳さんは結婚した年以来実に37年ぶりの再会となった。長嶋監督が2人の歩みをねぎらうと、由佳さんは思わず涙。夫婦の心を打ったその言葉とは――。

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