虎初育成出身サヨナラ打!原口「必死のパッチ」本家指名に絶叫

[ 2016年5月20日 05:30 ]

<神・中>9回1死満塁、サヨナラ打を放ち、ナインからウオーターシャワーを浴びる原口(中央)

セ・リーグ 阪神3―2中日

(5月19日 甲子園)
 固く、固く抱き合った。劇的なサヨナラ打。歓喜の輪から離れた阪神・原口は、両手を広げて待っていた金本監督と熱い抱擁を交わした。ナインから浴びせられた水でびしょ濡れになった体を、指揮官の太い両腕に委ねた。

 「サヨナラやりましたあ!」。甲子園で初のお立ち台。原口は自らマイクを手に絶叫した。「最高です。絶対に決めてやると“必死のパッチ”で打ちました」。昨季限りで引退した関本賢太郎氏(スポニチ本紙評論家)から「おまえに譲るわ。グッチが使わず誰が使うねん!」と、直々に後継者に指名された「決めぜりふ」でファンの大歓声に応えた。

 同点の9回1死満塁。3ボール1ストライクから直球を夢中で振り抜くと、打球は中堅・大島の頭を越えた。育成契約から再びはい上がった男の初のサヨナラ打。09年ドラフト6位で阪神入団も、腰痛などの影響で13~15年は育成選手としてプレーした。プロ7年目。想像もしなかった歓喜の瞬間にたどり着いた。

 「2人で苦い経験を味わってきたので…。僕も田面(たなぼ)さんも育成に落ちて、今だからこそいい経験ができたといえる。腐らずにやれた」。2人。8回にバッテリーを組んだ田面も、育成からの復帰を勝ち取った仲間だ。開幕前はともに背番号は3桁。4月に支配下登録された。同点の終盤という緊迫した場面で、4年目右腕はプロ初登板。2死二塁では代打・野本を145キロ直球で空振り三振に仕留めた。

 「(原口とは)ファームでも組んでいた。味わったことのない感覚。しっかり試合に入り込めた」。1イニングを無失点デビュー。苦労人の育成出身バッテリーが輝いた。昨秋のキャンプ初日。就任直後の金本監督から「返事がない!」と初カミナリを落とされたのが田面だった。指揮官は「僕が(起用を)怖がるわけにはいかない。よくぞ投げてくれた」。原口についても「僕だったら気が弱いから四球狙い。よくぞ原口が、ホントにね」と絶賛した。

 チームは連勝で再び貯金1。3位タイに浮上した。超変革の金本野球は、こんな泥くさい男たちが支えている。

 ◆原口 文仁(はらぐち・ふみひと)1992年(平4)3月3日、埼玉県生まれの24歳。帝京では3年夏の甲子園8強。09年ドラフト6位で阪神入団。12年オフ育成契約選手となり、今年4月27日に再び支配下選手登録。同日の巨人戦(甲子園)で初出場を果たした。1メートル82、86キロ。右投げ右打ち。

 ≪チーム初≫原口(神)がプロ初のサヨナラ打。育成出身者のサヨナラ打は、14年9月20日オリックス戦の岡田(ロ)以来。セでは13年8月20日阪神戦の中村紀洋(D)以来となり、チームでは初めて。なお、育成から支配下昇格後に最も多くのサヨナラ安打を放ったのは前記中村とバルディリス(オ、D)で各6本。現役は原口以外に脇谷(巨)が3本、前記岡田が2本打っている。

 ≪育成バッテリーもチーム初≫8回に田面と原口がバッテリー。育成出身者同士バッテリーには11年巨人の山口と河野、14年DeNA萬谷と西森、昨年ソフトバンクの二保、飯田、柳瀬と細山田の例があるが、阪神では初。

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