元日本ハムの工藤幹夫氏死去、55歳 82年に20勝挙げ最多勝

[ 2016年5月13日 18:16 ]

1982年、20勝を挙げた工藤幹夫氏

 日本ハムの元投手で1982年に20勝を挙げ最多勝に輝いた工藤幹夫(くどう・みきお)氏が13日午前1時40分、肝不全のため秋田市内の病院で死去した。55歳。秋田県出身。通夜は17日午後3時から、告別式は18日午後1時から秋田市山王2の4の15、秋田典礼会館セレモで行われる。喪主は長男壮史(まさふみ)氏。

 工藤氏は秋田・本荘高から78年ドラフト2位で日本ハムに入団、サイドスローからの巧みな投球術で頭角を現し81年はシーズン2勝ながら巨人との日本シリーズで2勝、翌82年には20勝を挙げ最多勝、最高勝率、ベストナインに輝いた。その後は右肩を痛めて、野手転向したが88年限りで引退した。

 82年のパ・リーグプレーオフ第1戦では、1か月前に右手小指骨折で投げられない状態と言われていたが、突如先発し7回途中まで無失点の快投を演じた。前日までギプスに包帯姿だったこともあり、敵味方を欺いた奇襲作戦として今も語り草になっている。

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