元担当記者が山本氏を悼む つえをバットに 病床から武白志に最後の助言

[ 2016年4月24日 05:30 ]

1987年、満塁本塁打を放ったロッテ時代の山本功児さん
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山本功児さん死去

 とにかく「情」の人だった。

 ロッテの監督時代。福岡遠征では現役時代から通う中洲の屋台「大政」に顔を出すのが常だった。そこを狙って担当記者やロッテファンまで駆けつけたが、嫌な顔もせず招き入れてくれた。屋台でファンと飲み交わし、本気で議論する監督など、その後も見たことはない。

 巨人からの移籍組。だが、ロッテの2軍監督時代、スタッフを守るため重光昭夫オーナー代行に「自分はともかく生え抜きは大事にしてやってください」と直談判した。すると重光オーナー代行から「君のことも生え抜きと思っている」と言われ感動。「その時、巨人のことは忘れないかんと思った」と後に聞いた。

 最後の望みは愛息・武白志君のユニホーム姿を見ることだった。病院で寝込んでいた3月1日。卒業式に出席するため福岡に戻った息子と、わずかな時間ながら病室で対面した。「武白志、頑張れ」。握手を交わし、別れた二人は互いに涙を流したという。この時、すでに死期が近いことを悟っていたのだろう。

 後日、功児さんは病院のベッドに横たわりながら最後の力を振り絞って、アドバイスを送っている。妻・美砂子さんの携帯電話の動画を通じ、つえをバットに見立て「こう使うんだ」とヘッドの利かせ方を力説した。野球人・山本功児らしい最後のアドバイス。武白志君の胸にずっと刻まれるに違いない。合掌。 (01年ロッテ担当・白鳥健太郎 現スポーツ部デスク)

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