解説者から転身 秀岳館・鍛治舎監督 “里帰り”飾った「やっと…」

[ 2016年3月24日 05:30 ]

<秀岳館・花咲徳栄>初回、手を上げてベンチ前にナインを集める秀岳館・鍛治舍監督(中央)

第88回選抜高校野球大会1回戦 秀岳館6―5花咲徳栄

(3月23日 甲子園)
 1回戦3試合が行われた。秀岳館(熊本)は、前回出場時の03年に敗れた花咲徳栄(埼玉)を6―5で下し、2回戦に進出した。元松下電器(現パナソニック)監督でNHKの高校野球解説でも知られた鍛治舎巧監督(64)が、甲子園初采配で同校をセンバツ初勝利に導いた。南陽工(山口)は重冨将希投手(3年)が市和歌山を相手に4安打完封勝利。優勝候補の大阪桐蔭は土佐(高知)に快勝した。

 高校野球の指導者になって2年。秀岳館・鍛治舎監督は、校歌を歌う選手たちを一塁ベンチ前から見守った。

 「やっとスタートを切った感じ。(終盤に1点差に詰め寄られ)継投の難しさを痛感した。あれは監督の責任。甲子園は甘くないですね」

 ベンチでは中央にどっしりと構え、選手への指示は最低限にとどめた。3回に先制されたが、慌てない。裏の攻撃でドラフト候補の左腕・高橋昂に5安打を集中して5得点。投手陣は技巧派右腕の堀江、左腕・田浦、本格派右腕のエース有村とつないで逃げ切った。

 打者は追い込まれたらバットを短く持ち、ノーステップ打法で球に食らいついた。「(監督時代の)社会人でもずっとやってきた。ノーステップでは目線が低くなって球が見極められる」。10安打中5本が2ストライク後。3回の5点目は2死一、三塁から重盗を仕掛けた。「相手のビデオを見ていけるかなと」と事前の研究も生きた。

 ベンチ入り18人全員が県外出身。かつて監督だった大阪の中学硬式「オール枚方ボーイズ」出身者がレギュラーの大半を占める。それでも、熊本に溶け込むように「よかよ」(いいよの意味)など方言を使いながら指導に当たった。部員には日常生活から整理、整頓、清潔、しつけ、清掃、スマイルの「6S」を徹底させた。3回に逆転の2点適時二塁打を放った九鬼主将は、「絶対負けられないと思ったし、監督に初勝利をプレゼントできてうれしい」と喜んだ。

 NHKの放送席から見た甲子園と、ベンチから見た甲子園。違いを問われた鍛治舎監督は「選手への愛情が違います」と即答した。そして、次戦の話を向けられると「解説を26年やりましたけど、次のことを語った監督は負けている。そんなに甲子園は甘くないんです」と勝負師の顔になった。 (川島 毅洋)

 ◆鍛治舎 巧(かじしゃ・たくみ)1951年(昭26)5月2日、岐阜県生まれの64歳。県岐阜商3年時の69年センバツ準々決勝・比叡山戦で大会通算100号となる本塁打。早大では5季連続で打率3割を達成し日米大学選手権では代表の4番を務めた。松下電器入社2年目の75年ドラフトで阪神から2位指名も拒否。81年引退。87年から91年まで同社野球部監督。85年以降通算26年、NHKの高校野球解説者を務めた。パナソニックを退社後、14年4月から現職。

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