甲子園優勝投手から人気和菓子職人へ―意外過ぎる転身の訳

[ 2016年3月14日 05:30 ]

店の前で笑顔を見せる山田喜久夫さん

 東郷グラウンドで培った精神は卒業から25年以上が経過しても変わらない。山田喜久夫さん(44)は現在、ナゴヤドームからほど近い名古屋市東区矢田南でわらび餅店を営みながら野球塾「侍」を運営、さらに近くの市立中学や愛知県内の更生施設でも子どもたちに野球を教えている。仕事に追われながらも子どもたちと関わり続けるのは野球に対する感謝、恩返しの思いだ。

 「甲子園に出て優勝もさせてもらった。その後はプロ野球でもプレーをすることができた。あのカクテル光線の中、マウンドで投げられる喜びと言ったら…。あの場所に立てるのは本当にほんの一握りの人だけですからね。野球で良い思いをさせてもらいましたから」

 塾では幼稚園の年中から小学6年生までの65人を指導する。口酸っぱく子どもたちに説くのは技術論ではない。“相手の目を見て挨拶をする”“相手を思いやる心を持つ”“周囲の人に感謝する”などなど。

 「勝ちたいならうちじゃなく違うチームに行ってください、とはっきり言います。うちは勝利主義じゃありませんから。中学、高校と野球を続けていけば、やがてレギュラー組と控えに分けられる。せめて最初のころは野球を楽しめる環境を作ってあげたい。そして、野球を通じて思いやる心を教えたいんです」

 だから、入塾条件は“野球が好きなこと”といたってシンプル。チームにはダウン症の子どもたちもいる。

 「入塾を断る理由がないじゃないですか。何かありますか?誰もが平等ですよ。他の子どもたちも障害を持つ子たちと触れあうことで相手を思いやる心が自然に育まれる。うちのチームはいじめとは全く無縁です」

 “思いやりの心”は野球を通じて学んだ。優勝した1989年の選抜大会。前年準優勝の悔しさがバネにもなったが、なによりチームが1つになったことが原動力だったと考えている。

 「みんながみんなのことを思っていました。レギュラーは自分たちだけじゃない、みんなの代表なんだ、との思いがありました。控えのメンバーは何か手伝えることがあるんじゃないか、と考えてくれていた。アルプス席にいた部員は本当に一生懸命に応援してくれた。ありがたかった」

 思いやりの心は仕事にもしっかりと生きている。愛知・稲沢の知人の店や京都で合わせて1年間修行して2014年に開業。今は朝4時半には起きて仕込みを始める。

 「人様に食べていただくんですから、原料は本わらび粉。保存料はいっさい使っていません。店にもできる限り出て、接客しています。こんなにしんどいとは思いませんでしたけどね」

 手間を惜しまない仕事に対する評価は高い。地元の老舗デパート丸栄が世界的なチョコレートブランド、ゴディバや鎧塚俊彦氏らの人気パティシエのスイーツと並んで今年のバレンタインフェアのラインアップに加えたほど。午後2時の閉店までに売り切れることもたびたびで確実に入手するには予約が必要だ。

 「他の道もあったのでしょうが、しんどくても自分でやれることをやろうと思いました。縁もあって和菓子職人の道を選びました。プロ野球選手ということでいろんな人たちと出会いがありました。でもね、厳しく言ってくれる人、こっちのことを本当に考えてくれている人と付き合わないとね。甘い言葉で近づいてくるような人は…。」

 球界は昨年の野球賭博問題に続き今度は覚醒剤ショックで大きく揺れた。いずれも交友関係が一因を作ったと見られる。それだけに常に身を律し、体をいじめ抜いて技術を身につけた現役時代と同様に第二の人生も厳しい師匠の元で腕を磨き、手抜きが禁物の職人の道を選んだ。そのまじめな姿勢が評価となって表れているのだろう。

 ところで、最多5度目の選抜優勝に挑む後輩たちにはどんな思いを抱いているのだろう。

 「名門・東邦は甲子園に出ただけではね。やはり優勝です。特に今年のチームは全国制覇を目標に掲げてやってきたんですからね。甲子園を楽しめなんて言えません。優勝を目指すチームが楽しめる訳がないんですから。実際、ぼくたちもそうだった。しかも、優勝した後すぐに目標は“夏も優勝”になりました」

 厳しさを経験したからこそ、甲子園で新たな歴史に挑む後輩たちの心中を思いやった。
 
 ▽山田 喜久夫(やまだ・きくお)1971年(昭46)7月17日、愛知県生まれの44歳。東邦ではエースとして甲子園に3度出場し、2年春(88年)に準優勝、3年春(89年)に優勝。89年ドラフト5位で中日入り。1年目から17試合に登板し、3年目の92年8月20日広島戦(ナゴヤ)でプロ初勝利。主に中継ぎとしてブルペンを支えた。99年に広島へ移籍し同年限りで引退。通算222試合6勝8敗、防御率3・76。2000年から07年まで横浜で、08年から12年までは中日で打撃投手を務めた。左投げ左打ち。

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