単純比較は無理 誤解招きかねない“陸上の日本記録に匹敵”

[ 2016年2月24日 08:20 ]

走っても驚異のタイムを記録した阪神・藤浪

 「50メートル走は5秒7です」。陸上以外のスポーツ取材で、このような俊足選手に出会うことがある。彼らの答えは正しいと思うし、否定するつもりもない。ただ、これを陸上競技の記録と単純比較して「日本記録に匹敵」とする記事や見出しを頻繁に見かける。これは明らかにおかしいし、読者に対して誤解を招きかねないと思うので、この場で指摘しておきたい。

 50メートル走の日本記録は、2002年に朝原宣治がリービン国際室内陸上の60メートル走の途中計時でマークした5秒75。朝原は01年に100メートル走で当時、日本歴代2位となる10秒02を記録している。ちなみに世界記録は1996年にカナダのドノバン・ベイリーがマークした5秒56。ベイリーは同年のアトランタ五輪100メートル決勝で9秒84を出し、金メダルを獲得した。

 一番伝えたいのは、陸上と他競技では測定方法や環境がまったく異なるため、同じ50メートル走のタイムといえども単純に比較できないということだ。

 まず陸上の記録は電気計時による測定である。スタートのピストル合図と同時に電気信号が流れて、計時が始まる。一方、他競技ではストップウオッチによる手動計時である。陸上界では100メートル走の場合、手動計時+0秒24が電気計時の記録と言われている。あくまで目安だが、手動計時の方が速いというのが陸上界の常識なのだ。また、他競技では1歩目が地面に着いた瞬間から計時を始める「タッチダウン」での計測記録を提示されることがある。この場合、陸上の測定方法と比べて大幅に速くなる要因となる。

 ほかにも、陸上は全天候型の公認陸上競技場だが、他競技では土のグラウンドや芝生が多い。陸上の100メートル走などでは追い風は2・0メートル以下でなければ公認記録とされず、参考記録となる。スタートも、陸上はスターティングブロックを使ったクラウチングスタートだが、他競技はスタンディングスタートが一般的だろう。スパイクとランニングシューズでも違う。このように細かな条件の違いは山ほどある。

 測定方法によってどれぐらいの差が生じるのか、陸上の未経験者は正直ピンとこない人が多いと思う。ただ、陸上は1000分の1秒を競う極めて繊細な競技である。他競技の50メートル走の記録と比較した記事を見て、心を痛めたり疑問に感じたりしている陸上関係者は多い。読者にも「陸上選手は大したことない」とは考えてほしくない。

 余談だが、陸上の公認大会では50メートル走はほとんど行われていない。現在の日本トップの短距離選手でも50メートル走の公認記録を持っている選手は少ないのではないだろうか。競技が異なると実現は難しいかもしれないが、東洋大・桐生祥秀のようなトップスプリンターと他競技の俊足選手が同じ条件で競走する機会があれば、ぜひ見てみたい。(記者コラム・青木貴紀)

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2016年2月24日のニュース