阪急元球団常務の矢形勝洋氏死去 ブーマー獲得に尽力

[ 2016年1月23日 06:41 ]

 阪急ブレーブスの球団常務などを務めた矢形勝洋(やがた・かつひろ)氏が4日に死去していたことが分かった。6日に近親者のみで葬儀、告別式を終えた。複数の関係者が認めた。三重県出身。81歳。

 関学高―関学大―丸善石油を経て58年に阪急に投手として入団。1軍登板はなく60年に現役を退いた。引退後は2軍マネジャー、スコアラー、営業課長、同部長などを歴任。球団マネジャーだった66年には10月14日に西本幸雄監督が自らの進退を問うた無記名信任投票事件で選手に紙と鉛筆を配布した逸話が残る。

 編成にも携わり、主砲として活躍したブーマー獲得に尽力するなど阪急黄金期に貢献。88年10月19日の球団身売りの際には球団常務の任にあり、オリックスへ譲渡後も専務取締役球団本部長を務めて90年に退任した。

 最近では昨年12月に芦屋市内で開かれた球団OB会に出席。顔を合わせた関係者は「元気そうだったのに…」と残念がった。阪急出身の福良監督就任を喜んでいたようで急な訃報となった。

 ▼中日・加藤秀司チーフ打撃兼野手総合コーチ(69~82年に阪急在籍)(昨秋、矢形さんに)来年から打撃コーチになります、と電話で報告したら「とにかく体に気をつけて頑張れ」と励ましの言葉をいただいた。12月のOB会でもお会いした。まさかという思いだ。

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2016年1月23日のニュース