大谷飽くなき向上心「もう一つ信頼があれば投げ切ることできた」

[ 2015年11月20日 06:30 ]

<日本・韓国>7回2死一塁、李大浩を三ゴロに仕留め雄叫びを上げる大谷

プレミア12準決勝 日本3―4韓国

(11月19日 東京D)
 最後まで逆転を信じ、ベンチで大声を張り上げた。だが、大谷の願いは届かなかった。侍ジャパンが勝っていれば、文句なしのヒーローだったが、あとアウト3つからの逆転負け。それでも試合後は気丈に振る舞う姿があった。

 「後ろにいい投手がいる安心感があった。あのまま投げ続けたからといってゼロに抑えられる100%の自信はない」

 7回を1安打無失点。打者22人から11三振を奪った。6回を無失点で10奪三振だった8日の開幕戦(札幌ドーム)に続き、宿敵・韓国をねじ伏せた。しかし、21歳は「敗戦」という重い現実を受け止めた。

 中10日のマウンド。初回から160キロを計測するなど、6回までは無安打投球。4回1死から5者連続三振を奪い、東京ドームの空気を完全に支配した。「無失点には抑えていたけど、韓国打線は粘りがあった。球数(85球)は投げていなかったけど、初回から飛ばしていた」。快挙への期待も高まり始めた7回、先頭の鄭根宇(チョングンウ)に中前に初安打を運ばれた。それでも無失点で切り抜けた。160キロ超えは7球も記録。韓国に計13イニングで1点も許さなかった事実は大きな自信となった。

 世界一はならなかったが、国際大会でまた一回り成長した。登板間は遠投、ダッシュ、中堅後方フェンスへの「壁当て」で投球フォームの確認。台湾の異国の地でも、自らのルーティンを変えなかった。5歳年上の菅野は「あの年齢(21歳)だけど、自分のメニューをしっかり持っている。凄い」と驚いた。

 試合がなかった台湾での13日の休養日。その菅野ら先輩たちに連れられ、台北市内の焼き肉店へ向かった。「野球の話はあまりしなかった。凄く楽しかった」。人生2度目の海外は登板機会こそなかった。それでも一つ一つの出会いや、経験は宝物になった。

 世界に「大谷」の名を知らしめた2度の日韓戦。21歳は必死に前を向いた。「結果的にこういう形で良かったのかもしれない。もう一つ信頼があれば8、9回を投げきることができた」。今大会、エースに指名されたのは、大谷ではなく前田健。世界一奪還へ再び向かう17年WBCでは、絶対的エースになって帰ってくると誓った。(柳原 直之)

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