近鉄消滅しても…つながっていた梨田新監督と楽天マネジャーの絆

[ 2015年11月20日 09:14 ]

岡山県・倉敷での秋季キャンプで子どもにサインする楽天・梨田監督(右)を見守る加古賢一マネジャー

 人との「縁」は不思議だ。「また一緒に仕事をさせてもらえるとは思わなかった」と話したのは楽天の加古賢一監督担当マネジャー(38)。今オフ、運命の糸に導かれるように梨田昌孝新監督(62)と人生が交差した。

 梨田氏との出会いは98年の2月。現在もメジャーで活躍中の上原(レッドソックス)が先輩で所属していた大阪体育大学野球部の宮崎合宿中だった。当時、近鉄の2軍監督だった梨田氏は同県で春季キャンプ中。近鉄の球団関係者に同大OBがいたこともあり、梨田氏と食事する機会に恵まれた。兵庫県出身で幼少から捕手の加古氏は梨田氏の大ファンで「憧れの人だったし、夢のようでした」と振り返る。食事会で思いを伝えると、後日、梨田氏から捕手用ミットもプレゼントされた。

 そんな縁もあり、大学を卒業した加古氏は02年に近鉄球団の門を叩き、ブルペン捕手として入団。00年から1軍監督に昇格していた梨田氏と再会した。プレゼントされたミットを手に投手陣をサポート。だが充実した日々はそう長くは続かない。入団3年目の04年、球界全体を揺るがす事態がその身に降りかかった。

 近鉄球団消滅による球界再編問題。加古氏は「妻子もいたし、すごく不安だった」と振り返る。紆余(うよ)曲折を経て04年11月に楽天の新規参入が決定。当時の梨田氏は分配ドラフトなどで多くの選手や関係者が移籍したオリックスからヘッドコーチのオファーを受けたが「近鉄のみんながバラバラになり、その進路も決まらないうちに自分が決まるのはよくない」と辞退した。加古氏は他業界への再就職も考えていた矢先、楽天から「2軍マネジャー」のオファーが届く。「やっぱり野球界で働きたい」。生まれ育った関西に別れを告げ、05年から仙台で新たなスタートを切った。

 あれから11年。2年連続最下位のチームの再建へ、楽天は梨田氏に白羽の矢を立てた。監督就任会見を翌日に控えた10月7日、加古氏は大阪から空路移動する新監督を出迎えるため、仙台空港の到着ゲートで待った。これまでも梨田氏と球場で顔を合わせれば雑談を交わしていたが、なぜか緊張で足が震えた。加古氏を見つけた梨田監督は笑顔で歩み寄り、右手を差し伸べた。言葉はなかった。でも全てを悟った。

 「握手した右手から“お前を頼りにしているぞ”と伝わって来ました。全身全霊をかけてサポートしたいと思います」。

 今月2日から18日まで岡山県倉敷市で行われた秋季キャンプでも加古氏は常に梨田監督の傍らで気を配り、監督と選手の会話も弾むように心掛けた。巡ってきた3度目の「縁」。責任は重大だ。(山田 忠範)

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