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木田画伯 若手に日本シリーズ経験させてあげたい

[ 2015年10月26日 11:18 ]

96年の日本シリーズでイチロー擁するオリックスと対戦した木田GM補佐

 日本ハム・木田優夫GM補佐(47)による今回の「木田画伯の球界絵日記」は、日本シリーズについて。巨人時代に3度出場し、自身の通算成績は1勝1敗、防御率2・13。レギュラーシーズンと異なる雰囲気を味わうことで選手は大きく成長するもの。そんな経験を若い選手にさせてあげたい――という胸の内を吐露しています。

 今季、ご声援ありがとうございました。監督、コーチ、選手、スタッフ、球団の皆さんの頑張りとファンの皆さんの力でつかんだクライマックス・シリーズでしたが、日本シリーズ出場権を得ることができず、今季が終了しました。栗山監督が言った通り、本当に悔しい終わり方でしたが、来年は皆さんと一緒に笑顔で終われるように、今から僕らも頑張っていこうと思っています。

 今年、ファイターズが出場できなかった日本シリーズですが、この日本一を決める戦いの場は、当然ながらプロ野球選手にとっても特別な場所です。僕が初めて出場したのは1990年、巨人在籍時の西武との日本シリーズでした。その年、巨人はぶっちぎりの優勝で僕自身も2桁勝利を挙げ、自信を持って臨みましたが、西武に4連敗という屈辱的な敗戦に終わりました。僕も全く貢献できず、悔しい日本シリーズとなりました。やはり大舞台とあって変に緊張したり、力が入ったりしていつもの野球ができなかったと実感しました。

 次に出場したのは94年、やはり西武との日本シリーズでした。このときは巨人が日本一になったのですが、僕自身はサヨナラ負けで敗戦投手になり、またも力を出し切れませんでした。そして2年後、今度はイチロー擁するオリックスと対戦した96年の日本シリーズに出場しました。

 オリックスが日本一になったのですが、僕はリリーフした試合で5イニングをパーフェクトで勝利投手になるなど、やっといい投球ができました。それまでの2回の大舞台で清原さん、秋山さんといった大打者と対戦できたことが経験となって、調整の仕方や戦い方を少し分かったような気がしてシリーズに入ることができました。それが、それまでと違った投球になったのではないかと思います。

 僕は大した投手ではありませんでしたが、それでも日本シリーズという舞台で投げられたことが、僕を成長させてくれたと実感しています。来年はファイターズの若い選手たちに経験してほしいと思っていますし、経験させないといけないと思っています。

 ▽木田と日本シリーズ 巨人時代に90、94、96年と3度出場し通算1勝1敗、防御率2・13。勝ち投手になったのは、オリックスと対戦した96年の第4戦(神戸)で、先発・宮本の2番手として4回からマウンドに上がり、8回まで打者15人を完全。6回にはイチローを右飛に打ち取った=写真。西武が相手となった94年の第4戦(西武)では延長10回から登板し、12回に佐々木誠の中前打でサヨナラ負けを喫した。

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