オリックス・平野恵 晴れ晴れ引退会見「幸せな14年間だった」

[ 2015年9月26日 05:30 ]

晴れやかな表情で引退の心境を語る平野恵

 オリックスの平野恵一内野手(36)が25日、京セラドームで引退会見を開き、「本当に幸せな14年間だった。やり切った感じがある」と晴れ晴れとした表情で振り返った。ケガと闘ったプロ野球人生。「もう体が限界だった。ぼくの体は小さい(1メートル69)けど、今まですごく頑張ってくれた。もう、そろそろ許してあげようかな、と」と決断理由を明かした。

 今季は5月21日に出場選手登録を抹消。右かかとを痛めたことが原因だったが、その後、筋肉痛や関節痛などにも悩まされた。「1年間レギュラーでできなかったら辞めるという気持ちでやってきた」。夏場ごろからは毎日のように葛藤してきたが、体は限界だった。

 平野恵を有名にしたのは、06年5月6日のロッテ戦。一塁側ファウルゾーンへ打球を追い、ダイビングキャッチした際にフェンスに顔面から激突。胸部軟骨損傷など選手生命を脅かすほどの重傷を負った。

 「命が危ないと思ったのは救急車の中です。ドクターの方がすごく声を掛けてくれて。名前は?電話番号は? 胸骨をやっているので声を出すのも痛かったけど、その時に気を失っているんですよ。走馬灯というんでしょうか、フラッシュバックがすごかった」。カムバックできた原動力は、支えてくれた人達に「恩返し」したいから。「自分は1回死んでいる。その後は、とにかく感謝の気持ちでプレーしていた」と思いを明かした。

 今後については未定。「100%では勝てない職場にいた。200%で走ってきたので、少しゆっくり歩いて、周りの景色を見ながら考えたい」とひとまず体を休める考えだ。球団は11月23日のファン感謝イベントで引退セレモニーを行うことを発表した。

 ◆平野 恵一(ひらの・けいいち)1979年(昭54)4月7日生まれ、神奈川県出身の36歳。桐蔭学園では3年夏に主将として甲子園出場。東海大を経て01年自由獲得枠でオリックス入団。07年オフに交換トレードで阪神へ。内外野をこなせる器用さと巧打でレギュラーに定着し、10年にはセ2位の打率.350、球団新のシーズン59犠打をマーク。10、11年と2年連続でベストナイン、ゴールデングラブ賞(二塁手)を受賞。12年オフにFAでオリックスへ復帰した。1メートル69、67キロ。右投げ左打ち。

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