ネパールの野球振興に尽力する小林さん 原動力は「子どもたちの笑顔」

[ 2015年8月26日 11:15 ]

「ネパール野球ラリグラスの会」の小林洋平理事長(左端)と野球教室に参加する子どもたち

 7月某日。都内で野球関係者と食事した際、ある人物を紹介された。小林洋平さん(34)だ。名刺の肩書きは「ネパール野球ラリグラスの会 理事長」。日焼けした顔で「日本では団体職員として働いてます」と笑う。

 同会はネパールの野球振興に尽力するNPO法人。現在、同国の野球人口は年々増えてはいるものの約300人しかいない。ヒマラヤなどの観光業が盛んな一方で失業率も高く、首都のカトマンズでさえも失業者が多いという。小林さんは「若者の多くは学校を卒業すると中東など海外に出稼ぎに行く。学生時代も勉強に追われるので、余暇としてスポーツを楽しんだり、観戦する文化が育ちにくい」と説明する。

 大阪府出身の小林さんとネパールの縁は01年に始まる。通っていた同府内の大学構内でふと海外研修用のパンフレットを手に取った。表紙には野球不毛の地であるネパールの子どもが笑顔でボールを投げている写真が掲載されていた。「こんな純粋な笑顔が見たい」。応募を即決した。「野球交流」が主な目的の研修だったため、それまでバスケットボールの経験しかなかった小林さんはネパール行きを前に草野球チームで練習を重ねた。

 小林さんは「最初は約50人を相手にルール説明から始めた」と振り返る。同国に野球場はなく、イベントの開催場所は空き地。それでも子どもたちの野球技術の向上や笑顔に魅せられ、大学卒業後の04年に本格的に普及活動を行うために同会を設立した。そして10年に関西独立リーグ「大阪ホークスドリーム(現大阪HDベースボールクラブ)」に教え子のイッソー・タパ(現在は同連盟コーチ)が入団し、同国初のプロ野球選手が誕生。「僕が初めてネパールに行った時、初めてボールを投げた少年がプロになったんです」。そう話す表情は少し誇らしげだ。

 現在も小林さんは日本で働きながら毎日のように現地の野球連盟関係者と連絡を取り、年に数回は足を運ぶ。「野球から広がる笑顔の輪」を題材に積極的に講演活動も行っている。昨年8月には楽天の協力で連盟関係者や少年らがコボスタ宮城を訪問。球団からボール30ダースが贈られた。今年4月には同国で大地震が発生した。東日本大震災を経験している楽天はすぐさま球場などで募金活動を行い、同会に約150万円が寄付された。

 記者は今年でプロ野球担当14年目。その間に小林さんのようにスポットライトが当たらない地道な活動を行う関係者に会うことも多い。ネパールに救援物資や野球用具を送る手続きを行うため、食事会を中座する小林さんに「行動の原動力は何ですか?」と最後に質問した。即答だった。「子どもたちの笑顔です」。 (山田 忠範)

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