デストラーデ氏、日本で監督に!西武元同僚4人がパで指揮官

[ 2015年8月11日 12:15 ]

監督になる夢に向け笑顔でポーズを決めるデストラーデ氏

 「オーレ」の愛称で親しまれた西武OBのオレステス・デストラーデ氏(53)が先月、9年ぶりに来日した。米国でメジャーリーグの解説者を務めながら、日本プロ野球の情報収集を欠かさず、現在の4位から浮上を期す古巣にエール。90~92年に日本一の常勝西武で同僚だった4人が現在はパ・リーグ監督とあって、日本で監督になる夢も語った。(聞き手・神田 佑)

 ――古巣の試合を生観戦した。打線の印象は。

 「今の日本球界で中村さんは打点を挙げる力とパワーはNo.1。そこに秋山、浅村、森、メヒア。90年代の黄金期に近いオーダーだと思う。森は何歳?25、26歳?」

 ――今月8日に20歳になった。

 「ウソでしょ?20歳?ワオ!パワーもあって、スイングもとんでもなく速い。将来、メジャーでも通用すると思う」

 ――西武は球団史上最悪の13連敗を記録し4位に転落。シーズン終盤の巻き返しに何が必要か。

 「打撃は非常に頑張っているので、投手陣が安定していけば上位進出は可能だ。日本ハムとソフトバンクの直接対決で勝つしかない。上位進出を心から願っている」

 ――西武・田辺監督とは約20年ぶりに再会。当時と印象は変わったか。

 「ルックスが全然変わっていない。僕もそうだけど、年を取らないタイプなのかも。ノリさん(田辺)は、とても勉強熱心で、もの静かで頭が良いように感じていた。(秋山、清原、デストラーデの)AKD砲が注目されていたけど重要なキーパーソンだった」

 ――西武黄金期の同僚4人が、パ・リーグの監督を務める。田辺監督に加え、ソフトバンク・工藤、ロッテ・伊東、楽天・大久保の各監督。

 「秋山さん、渡辺さん、石毛さんも監督をした。これだけ指導者になるということは、頭が良いグループだったと思う。デーブ大久保は、とても強い思い出がある」

 ――どのような?

 「球団に入って初日、真っ先に私のところに来て話しかけてくれた。チームに溶け込ませようとしてくれた。(留学経験のある)彼の英語は素晴らしく、私は日本語が全然分からなかったが、すぐに友達になった。伊東さんは、ヤクルトとの92年の日本シリーズ第7戦のブロックを強烈に覚えている。(1―1の7回1死満塁から)二ゴロで(辻の)送球が上にそれたのを、ジャンプして、着地しながらブロック。3年連続日本一に導いた。工藤さんは50歳近くまで現役を続け、とてつもないプレーヤー。体が大きくないのに直球も、カーブも素晴らしかった」

 ――自身の将来は。

 「絶対に日本で監督をやってみたいという気持ちがある。日本の文化も凄くリスペクトしている。監督は、どう選手のモチベーションを上げるかというのが勝負。Bクラスで、監督の交代が必要なチームでやってみたい。僕が監督になれば集客面でも面白いと思うし、自信はある」

 ◆オレステス・デストラーデ 1962年5月8日、キューバ生まれの53歳。5歳の時に米国に亡命。フロリダ短期大学から81年ヤンキースに入団し、87年にメジャーデビュー。89年6月から92年まで西武でプレー。93年マーリンズに移籍し、95年西武に再入団した。90年から3年連続本塁打王。現在は「FOX Sports Florida」の解説者。現役時代は1メートル93、100キロ。右投げ両打ち。

 ≪5人全員出場は2試合だけ≫西武でデストラーデと現監督4人が同時に在籍したのは89年6月から91年の約3年間。当時は伊東が正捕手で大久保が控え捕手という関係もあり、5人全員が出場したのは2試合しかない。89年10月12日近鉄戦(西武)と91年10月10日ダイエー戦(西武)で、ともにダブルヘッダーの第2試合。89年は近鉄・ブライアントに2試合で4本塁打を浴びた日だった。

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