元ロッテ監督 息子のために「移住」も…家族でつかんだ甲子園

[ 2015年8月7日 09:00 ]

甲子園出場を決めた息子・武白志(左)を笑顔で見つめる山本功児氏(右)

 かすかに面影は残っていた。今夏の高校野球福岡大会初戦。元ロッテ監督の山本功児氏の長男で、九州国際大付の4番・山本武白志(むさし=3年)は、1メートル87、85キロにまで成長していた。会ったのは14年ぶり。当時はまだ4歳だった。覚えているはずはないと思うが「何となく覚えていますよ」なんて言えるあたりもすっかり大人びた。だが、クリッとした可愛らしい目は昔と変わらなかった。

 記者1年目の01年。ロッテ担当になった。まだ取材のイロハも分からぬ駆け出し時代。神奈川・川崎市の山本監督の自宅に何度もお邪魔した。武白志少年にとっては面白くなかったかもしれない。たまにしか家にいないお父さんを取られてしまうのだから。それでもそんな素振りは少しも見せず「見て、見て。初芝」と当時ロッテの主力打者だった初芝らのモノマネをして笑わせてくれた。優しい子だった。

 中学卒業後、お父さんの法大時代の先輩・若生監督(現埼玉栄)が率いる九州国際大付へ進学。だが、初めての寮生活に馴染めず一時体重が15キロ近く減った。そこで立ち上がったのが父・功児氏。妻と2人で福岡への「移住」を決断した。「俺はもう、どこに住んだっていいんだよ。息子が困っているんだったら近くに住もうと。ただそれだけだよ」。事もなげに言うが、子供のためとはいえ生活の拠点を見知らぬ土地にパッと移すなんて、簡単にはできないことだと思う。だが、寮を離れ両親の元から通うようになった息子の体重は、すぐに戻ったという。決断は正解だった。

 九州国際大付は昨夏甲子園に出場後、若生監督に代わり、元楽天編成部長の楠城徹氏が監督に就任した。早大出身の楠城監督は、功児氏とは同学年。ともに東京六大学リーグで活躍し、日米大学野球では大学日本代表として米国遠征もした仲だ。気心は知れているだけに、今年1月に学生野球資格回復が認められた功児氏にその気があれば、手続きを踏んだ上で息子をグラウンドで指導することだってできたに違いない。それでも「俺は昔から教えたことはない」と黙ってネット裏から見てきた。ロッテの監督、コーチ時代は熱心な指導に定評があったが、息子に対しては父親としての立場に徹している。

 甲子園は6日に開幕した。家族3人で歩んできた山本家にとっては集大成とも言える夏。武白志は、7日の第3試合に出場する。功児氏は妻とともに、その姿をアルプス席から静かに見守る。(白鳥 健太郎)

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