“グラブ再生人” 思い出の品だけでなく依頼主の心まで再生

[ 2015年7月6日 10:23 ]

 骨董(こっとう)品やブランド品など、世の中には高価な物をきれいに直してくれる業者はたくさんある。そんな中で、静岡県富士宮市に、使えなくなった野球のグラブ専門にクリーニングを請け負っている男性がいる。青春の思い出が詰まった品が、あの日の輝きを取り戻す。“グラブ再生人”は、依頼主の心まで再生していた。

 “グラブ再生人”勝山勝則(54)の作業場は、自宅リビングの一角だ。工具箱から手のひらサイズの丸く浅い缶を取り出し、その中身をつけた手拭いでグラブを拭いていく。捕球面の黒ずんだ汚れが、あっという間に落ちていった。薬品や市販の汚れ落としは使っていない。「教えられないですけど、どこの家庭にもあるものですよ」と笑った。もっと汚れを落とせるものはないかと思い、「バターを使ってみたり、試していたらたどり着いた」という。

 この日のグラブは、45歳の男性が中学生の時に使っていたもの。簡単に落ちた汚れは、30年来の“年代物”だった。

 なぜ、グラブに特化したクリーニングを始めたのだろうか。

 勝山の長男は高校2年の野球部員。練習を見学するため、いまでも週末は必ずグラウンドに通う。「僕がやるのが一番きれいになる」と、息子だけでなくチームメートのグラブも手入れしていたところ、1年前に保護者から「商売にした方がいい」と勧められた。コンクリート製品の製造会社で働く一方、「定年して職がなくなった時に、好きなことをやって収入になるのなら」と思ったことがきっかけだ。今年2月、「グラブ工房K」という名前でホームページを作った。

 それから4カ月で30件以上の依頼があり、愛知県や茨城県からもグラブが郵送されてきた。1個5000円から。月に8~10個を扱い、5万~6万円の収入になっている。

 普段は午後5時ごろに帰宅してから、クリーニングに取りかかる。「“大事に使っているな”とか、“手のサイズに合っていないかも”とか見れば分かる。楽しくて、夜11時までのめり込んだこともあります」と話す。(黒→鮮やか黄/) 出身は鹿児島県。小学1年で野球を始め、「4年生の時に初めて買ってもらったグラブが宝物だった」。それ以来、とにかくグラブが好きになり、自分で改造までするほどだった。高校では硬式野球部に入り、卒業後は軟式のクラブチームでプレー。23歳で静岡県の印刷会社に就職。結婚し、仕事と子育てに追われるようになり、しばらく野球から遠ざかった。

 44歳の時、長男が少年野球のチームに入った。キャッチボールをしていると、青春の思い出が一気によみがえってきた。「グラブオイルのにおいで“ああ、俺は野球やってたんだな”と懐かしい気持ちになりました」。グラブが大好きだった昔の自分を思い出して、手入れをするようになった。

 少年時代、親から買ってもらったグラブは高価で特別なものだった。「野球をやっていた人で、グラブに思い出が詰まってない人はいない」と勝山は強調する。きれいになったグラブを見て、野球に夢中だった青春時代を思い出し、「“明日も頑張ろう”と思ってもらいたい」。これが、“グラブ再生人”としての思いだ。

 最近、知人男性から汚れたグラブを預かった。手入れをすると、黒い汚れの下から鮮やかな黄色が浮かび上がってきた。男性は「こんな色のグラブだったとは」とびっくり。甲にプリントされたメーカーのロゴまではっきり分かるようになり、「大事にしようと思う」と大喜びしたという。

 記者も、甲子園を目指す高校球児だった。それからまだ5年しかたっていないが、それでも野球に明け暮れた日々を思い返し、「仕事、頑張ろう」と自分を慰めるときがある。本当に苦しいときに前を向かせてくれるのは、10数年前のグラブだったりするものだ。きょうも疲れた…と下を向いてスマートフォンを触る前に、部屋の中に眠っている“思い出”を探し出してみるのもいいかもしれない。 =敬称略=

 ≪用途に合った手入れ用品を≫手入れは汚れを落とす、革の状態を保つという2つの手順がある。グラブオイルは保革用の製品だが、勝山は「最近は汚れが落ちると思っている人が多い」と話す。手入れ用品にもさまざまな商品があり、用途に合ったものを選んで使わなければ意味がない。グラブローションやコンディショナーが汚れを落とす道具で、勝山によるとグラブオイルは「週に1度使う程度で十分」という。

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2015年7月6日のニュース