ソフトB細山田 恩返し打 天国の母、横浜でバッテリー組んだ監督に

[ 2015年6月6日 05:30 ]

<巨・ソ>4回1死二、三塁、細山田は左越え適時二塁打を放つ

交流戦 ソフトバンク8-4巨人

(6月5日 東京D)
 天国の母に、拾ってもらったソフトバンクに恩を返す一打だった。「気合で、気持ち一本で打ちました。拾ってもらった感謝の気持ちがプレーに出て良かった」。細山田は13年に右腕の血行障害の手術を受けた。オフにDeNAから戦力外通告を受けたが、ソフトバンクに育成選手として拾われ、今年4月に支配下登録された。移籍後初、横浜(現DeNA)時代の11年以来4年ぶりの先発マスク。

 2―2の4回1死二、三塁から決勝の左越え2点二塁打を放った。安打も4年ぶりだった。「あの頃はリードも分かってなかったけど、いろんな経験をしたからね」。工藤監督は目を細めた。あの頃とは横浜で新人だった09年4月8日の巨人戦(横浜)。細山田はプロ入り初の先発マスクをかぶり、現指揮官とバッテリーを組んだ。結果は5回8失点で大敗。くしくも同じ巨人戦で、その時の雪辱を果たした。

 悲しみも乗り越えた。昨年12月6日に菜穂子夫人と横浜市内で挙式。式場で母・美智子さんがくも膜下出血で倒れ、意識不明のまま4日後の10日に亡くなった。56歳だった。「母は優しくて元気で、世界一愛してもらった」。早大4年時には父・斗史郎さん(享年53)もがんで亡くしていた。

 「父と母のところに置こうかと思います」。鹿児島の実家にある仏壇へ決勝打の記念球を飾り、報告する。3連勝で今季最多の貯金10。首位・日本ハムとのゲーム差も1に縮めた。その立役者は「苦しいと思ったことはない。野球をやらせてもらえることが一番幸せです」という29歳だった。

 ▼ソフトバンク・江川(7回2死二塁から細山田の代打で左越えに1号2ラン)最高です。最近、結果を残せていなかったので。いい追加点になった。

 ◆細山田 武史(ほそやまだ・たけし)1986年(昭61)4月29日、鹿児島県生まれの29歳。鹿児島城西から早大に進み、3年春に首位打者を獲得。2学年下の斎藤(現日本ハム)とバッテリーを組み、08年にドラフト4位で横浜(現DeNA)に入団した。13年10月に戦力外通告を受け、同12月に育成選手としてソフトバンクに入団。今年4月に支配下登録され、年俸600万円。1メートル79、74キロ。右投げ右打ち。

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