阿部 キャリア“最遅”43戦目の1号、因縁甲子園で慎重ラン

[ 2015年5月20日 05:30 ]

<神・巨>2回2死一塁、阿部は右越えに先制2ランを放つ

セ・リーグ 巨人8―0阪神

(5月19日 甲子園)
 お待たせ1号!巨人の阿部慎之助内野手(36)は19日、「7番・捕手」で先発出場した阪神戦の2回に右中間へ今季1号の先制2ランを放った。舞台は4月17日の同カードで左太腿裏を痛めた甲子園。離脱した影響で5月19日のシーズン初本塁打はプロ15年目で最も遅い一発となったが、打線に火を付け8得点で快勝した。投げては菅野智之投手(25)がレギュラーシーズン初完封で通算30勝目をマーク。ドラフト制以降、プロ3年目までに30勝到達は巨人史上4人目の快挙を達成した。

 今季初アーチの余韻をかみしめていたわけではない。くしくも4月に負傷した甲子園での今季1号。「慎重に走りましたよ」とニヤリ。再発しないよう阿部はゆっくりとダイヤモンドを回った。

 「(負傷した)甲子園で打てたことが大きかった。ホームランの打ち方も忘れていたよ」

 待望の一発は2回に出た。2死一塁から岩田の真ん中低め、125キロスライダーを右中間最深部へ運んだ。「いい風に乗ったし、うまく打てたと思う。1本出るまでだいぶ時間がかかった」。5月19日、チーム43試合目でのシーズン初本塁打はプロ15年目で最も遅い記録。チームもファンも、そして何よりも自身が待ち焦がれた一発は、原監督に並ぶプロ1年目から15年連続の本塁打となった。

 4月17日の阪神戦(甲子園)で左太腿裏を肉離れ。翌日に出場選手登録を抹消されたが、17日の夜にはチームを離れ急きょ帰京し、その足で関東圏の医療機関に向かった。電気で細胞を活性化させる特別な機器で治療を受け、患部のしこりが残らないようにするためだった。「もう一度、大きなケガをするわけにいかない」。責任を痛感し再離脱を防ごうと万全を期した。

 「こう(負傷離脱)なった以上、何かを持って帰らないとね」。本塁打の出ていなかった打撃を見つめ直し、より勢いよくバットを出すため、構えの際に胸の前にあった左肘を左肩付近まで上げてインパクトまでの助走を長くした。さらにバットの軌道はインサイドアウトを意識し、体の開きも抑えた。

 移動時間や自宅では動画サイト「ユーチューブ」で過去の本塁打映像も見てイメージも膨らませた。「ファンの人が(動画を)アップしてくれているからね」。ストライクからボールゾーンへと行く低めの球をしっかりと上から叩いたこの日の打撃は、追い求めてきた打撃の形に近かった。

 打順は昨年7月30日のDeNA戦(京セラドーム)以来となる7番だったが、阿部の一発が先週6試合での1試合平均得点がわずか2点だった打線に火を付けた。原監督も「(阿部)慎之助の2ランから始まって久しぶりの8点。良かったと思います。風向きが変わる?そう願いたいね」と先発野手全員安打快勝を締めくくった。

 「これから打ってチームに貢献できるようにしたい」と阿部。主役にふさわしい選手が打ったとき、チームは一気に活性化する。

 ≪15年連続弾≫阿部(巨)が今季初アーチ。出場22試合目で1号は、06年の29試合に次ぎ、08年の22試合に並ぶ2番目の難産。チーム43試合目は06年の30試合、5月19日は11年の5月18日よりも遅いシーズン1号になった。これで、1年目からは15年連続アーチ。巨人で15年以上連続本塁打は

59~80年 王  貞治22年
63~81年 柴田  勲19年
58~74年 長嶋 茂雄17年
81~95年 原  辰徳15年
01~15年 阿部慎之助15年

と5人目で原に並ぶ4位タイ。なお、このカードでは、通算48本目の一発。王の152本を筆頭に巨人6人目の対阪神戦50号が見えてきた。

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