ヤク2週間ぶり白星!救世主は“遅れてきた”マー君世代右腕

[ 2015年5月18日 06:30 ]

<巨・ヤ>6回無失点で3勝目。チームの連敗を9で止めた石山

セ・リーグ ヤクルト2-0巨人

(5月17日 東京D)
 遠かった1勝、やっと勝てた。ヤクルトは17日、巨人を2―0で下し、ついに連敗を9で止めた。1軍に再昇格した先発の石山泰稚投手(26)が6回を4安打無失点の好投。1歳年下のルーキー・高木勇人投手(25)との投げ合いを制して3勝目を挙げ、プロ3年目で巨人戦初勝利を飾った。ヤンキース・田中と同世代の26歳右腕がチームに3日以来、2週間ぶりとなる白星をもたらした。

 丸くて、つぶらな瞳を輝かせた。3年目の石山がチームを救った。巨人戦初勝利は、連敗の重圧よりも、勝利への欲望が上回った結果だった。

 「巨人戦に勝つのは特別なものがある。10連敗になったら…、というのは少しは頭にあったが、それより勝ちたいという強い気持ちでいった」

 1点を先制してもらった直後の3回。2四球で1死一、二塁のピンチを招いた。井端に対して2ボール。打者有利のカウントで投げたのは今季習得したシュートだった。二直併殺に抑えて「うまく詰まらせることができた」。投球の幅を広げる新球をここぞで投じる勇気があった。6回無死一塁では打者・亀井の2球目、エンドランを冷静に読み、外角に外して遊飛でまたも併殺に。冷静さも兼ね備えていた。

 秋田県出身で、テレビ中継は巨人戦ばかり。自然と巨人ファンになった。「高橋由伸さんとかずっと見ていた」。だが、この日は相手より自分との闘いだった。6日のDeNA戦(横浜)で3敗目を喫し、出場選手登録を抹消された。高津投手コーチから「とにかく肩を休めろ。ブルペンは1回でいい」。昨年7月に先発転向。見えない疲労を取り除くため、スローイングを控えた。「しっかり投げられなかったら信頼はなくなる」。危機感を力に変え、社会人時代を通じて初めての投げ合いとなったリーグトップの5勝を挙げている高木勇にも勝った。

 開幕直後の3月28日に生まれた長男・陽大(ひなた)君が、福島で里帰り出産していた絵里夫人(26)とともに、ゴールデンウイーク明けに自宅に戻った。「ちょっと重くなりましたね」。両腕に父の責任を感じた中で勝利を届けた。88年生まれは田中(現ヤンキース)を筆頭に黄金世代と言われる。広島・前田健とは4月15日に投げ合い、今季初勝利を挙げた。プロ3年目で初の開幕ローテーション。遅咲きの26歳は同期に負けない輝きを放つために「もっとスタミナをつけないと」と現状に満足はない。

 真中監督は試合前、ナイン、スタッフ全員を集めた。「シーズンは長いがこういうこともある。縮こまらずにプレーしてほしい。1人で背負うことはない。責任は持つ」。指揮官は73球、全力で腕を振った右腕を「1つ勝つのは大変だとあらためて感じた。粘り強く投げてくれた」と称えた。「チーム一丸となって勝てた1勝です」と石山は言った。9連敗でも借金は5。まだ戦いは100試合以上も残っている。

 ≪65年ぶり2人目の不名誉を免れた≫ヤクルトが巨人に完封勝ち。連敗を9で止めた。ヤクルトの9連敗以上は今回が19度目だが、完封で連敗脱出は70年10月20日広島戦(○2―0)で10連敗を阻止して以来45年ぶり2度目だ。また、チームの新人監督で2桁連敗は国鉄時代の50年に西垣監督が14、10連敗と2度記録しただけ。真中監督は65年ぶり2人目の不名誉を免れた。

 ≪石山 泰稚(いしやま・たいち)≫

 ☆生まれ&サイズ 1988年(昭63)9月1日、秋田県秋田市生まれの26歳。1メートル82、75キロ。右投げ右打ち。

 ☆球歴 小5年から野球を始める。金足農―東北福祉大―ヤマハ。金足農では2年秋に東北大会ベスト8。3年夏は県ベスト8も甲子園出場はなし。大学では通算2勝。12年ドラフト1位でヤクルトに入団。

 ☆不思議な縁 「野球を始めた時の最初の背番号が22。その頃、大魔神さん(佐々木主浩)が横浜で活躍されていて、同じ大学にも入れた」

 ☆好きな料理 カレーが大好きで「よく妻に作ってもらいます」

 ☆座右の銘 上昇志向。「常に上を目指していきたい」

 ☆趣味 子供と遊ぶこと。

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