江夏、佐々岡以来!上原「誇り」先発100勝100S 40歳絶対的守護神

[ 2015年5月12日 05:30 ]

<ブルージェイズ・レッドソックス>日米通算100セーブ目を挙げ、喜ぶ上原(中央)(AP)

ア・リーグ レッドソックス6―3ブルージェイズ

(5月10日 トロント)
 レッドソックスの上原浩治投手(40)が10日(日本時間11日)、トロントでのブルージェイズ戦で9回に登板し、無安打1四球無失点で今季6セーブ目を挙げ、日米通算100セーブをマークした。「通算100勝100セーブ」は日米通算も含めて8人目だが、先発100勝に限れば、江夏豊、佐々岡真司に続く史上3人目の快挙。普段は個人記録には興味を示さない上原も、価値ある記録に誇らしげだった。

 上原はセットポジションに入り「フーッ」と短く息をついた。3点リードの9回。2死から今季初の四球を与えたが、最後は左打者スモークへ、狙い澄ました外角低めの宝刀スプリット。力ない遊ゴロで試合終了の瞬間、ポンとグラブを叩き、笑みを浮かべた。

 「過去数人しかいないということは誇りにしていい。200勝より少ないわけですから。現役である以上は通過点でしか捉えていないが、うれしい気持ちに変わりない」

 名球会入りの条件でもある200勝は日米通算で達成した野茂英雄も含めて25人だが、「100勝100セーブ」は8人しかいない。しかも上原の場合、通算129勝中、108勝は先発で挙げたもの。異なる2つの役割で大台に到達した「先発100勝100セーブ」は3人目だ。

 プロ17年目でたどり着いた偉業。「これまで在籍したジャイアンツ(巨人)やオリオールズ、レンジャーズも含めた4チームに感謝したい」。そう口にしたが、度重なる故障を乗り越えてつかんだ記録でもあった。

 巨人入団1年目の99年にいきなり20勝。だが、その後、両脚の故障が慢性化した。それでも地道なリハビリを繰り返しエースに君臨。一方で、その故障が「クローザー上原」誕生の契機となった。先発で102勝を挙げて迎えた07年、両太腿を痛め、初の開幕2軍を経験。復帰直前の4月25日、原監督に抑え転向を打診された。初セーブは5月2日の中日戦。同年、当時の球団記録となる32セーブをマークした。

 それでも、先発へのこだわりは捨てなかった。09年のメジャー移籍は先発として。しかし、オリオールズ1年目の6月に右肘を痛めてシーズンが終わった。脚、肘の故障を踏まえ、翌10年から体の負担を考慮してリリーフに専念。移籍を経験しながら絶対的守護神に上り詰めた。40歳になった今も「誰よりも走って、練習している。その自信だけはある」と、誇るのは先発投手以上の練習量。メジャーでは救援投手がほぼ取り組まない中距離走も、今でも強化メニューに入っている。

 チームは連敗を3で止め、地区最下位から脱出。「勝てばストレスもなくなっていく。気持ちよく(西海岸)遠征に行ける」。上原にとっては偉業も通過点。2つ目の世界一リングを目指し、9回のマウンドを守る。

 ▼レッドソックス・田沢(7回1死三塁から2番手で救援し、1回2/3を1安打無失点)いい打者に対して1個ずつアウトを取れた。これからも僕がつなぎ、(上原の)セーブ機会をつくっていきたい。

 ▼江夏豊氏 彼は大体大から入ってきてすぐに20勝を挙げ、そこから米国に行ってリリーフに変わった。苦労した上での100セーブだと思う。それを成し遂げられたのは、速いボールと落ちるボールの2つを持っていたからだと思う。もう長いイニングは投げられないかもしれないが、リリーフとして頑張ってほしいね。おめでとうと言いたい。

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