“保険”だったのに…楽天40歳レイ 兆治超え!日本初40代4戦4勝

[ 2015年4月25日 05:43 ]

<楽・ロ>開幕4連勝のレイは(中央)は銀次(左)、松井稼とともに「バーン」ポーズ

パ・リーグ 楽天7-1ロッテ

(4月24日 コボスタ宮城)
 楽天のケニー・レイ投手(40)が24日のロッテ戦に勝ち、日本球界初となる40代投手の開幕4戦4勝を達成した。90年に同じ40歳のロッテ・村田兆治が達成した開幕3戦3勝に前回登板で並んでいた右腕は、6回を3安打1失点。5回までは完全に抑える快投を演じた。米国を手始めにメキシコ、韓国、台湾、日本を渡り歩くベテラン。13年の楽天在籍時は0勝だった男が、再契約で輝きを放っている。

 どんな国でも勝利の味は格別だ。自身8つ目のリーグ、日本プロ野球の歴史に名を刻んだレイはお立ち台でおどけた。「僕がここに立っていていいんでしょうか?」。主役に拍手が待っていた。

 90年のロッテ・村田兆治が記録した3戦3勝を抜く、史上初の40代投手の開幕4戦4勝だ。5回までは完全投球。6回に3安打を集中されて1点を失ったが、なお2死一、三塁のピンチを抑え、最少失点で切り抜けた。

 13年6月に楽天に1度目の入団。9月にライナーの打球を受けて右頬骨を骨折し、レギュラーシーズンは0勝だった。ポストシーズンは患部をガードするマスクを装着して登板。「バットマン」と称され、ロングリリーフなどで日本一に貢献も、同年限りで退団した。昨秋キャンプで入団テストを受け、13年より300万円安い年俸1200万円で台湾・ラミゴから2年ぶりに戻ってきた。

 40歳でも「20代のころよりも体が動いている」と断言する。数年前から登板間の調整法は変えず、1週間でのブルペン投球の回数、ウエートトレーニングの量、ランニングの距離も一定。黙々と練習する姿勢は、若手が多い投手陣の手本でもある。チームは外国人7選手のうち故障のミコライオを除く6選手に1、2軍を行き来させ、やりくりをする。当初構想では「保険」というべき存在だった格安助っ人の活躍で連敗を3で止めた大久保監督も「レイがいなかったらと思うとゾッとする」と感謝する。

 出身地の米国を筆頭にメキシコ、プエルトリコ、ベネズエラ、ドミニカ共和国、台湾、韓国、日本を渡り歩いた。異国で成功する秘訣(ひけつ)は「誰か自分と同じタイプの投手を見つけて打者の反応を研究すること」と言う。食文化も積極的に受け入れ、日本では箸を器用に使いこなして、ラーメンやうどんが大好物だ。

 左手の薬指には米国で暮らすブランディ夫人と愛息のブライス君のイニシャル「B」と自身の「R」のタトゥーが刻まれている。「記録を残せるのはうれしい。今後も続けていきたい」。愛する家族が来日する8月まで連勝記録を続ける気概だ。

 ≪09年マー君以来≫レイ(楽)が開幕から4戦全勝。楽天で開幕4戦4勝は、09年に田中が7戦7勝して以来2人目になる。またレイは現在40歳4カ月。40代投手の開幕4連勝は、10年に45歳の山本昌(中)が6試合で5連勝して以来。勝敗なしの試合を挟まない連勝では、90年村田(ロ)の3戦3勝を抜き40代最多となった。年齢の条件を外すと外国人では53年カイリー(毎日)と09年ゴンザレス(巨)の6戦6勝が最多。レイはどこまで伸ばすか。

 ◆ケニー・レイ 1974年11月27日、米ジョージア州生まれの40歳。ロズウェル高から93年ドラフト18巡目でロイヤルズ入団。99年7月10日のアストロズ戦でメジャーデビュー。ブレーブスを経て、韓国や台湾、メキシカンリーグに所属。13年6月に楽天に移籍し、5試合で0勝1敗、防御率3.26。同年オフに自由契約となったが、台湾・ラミゴを経て今季楽天に復帰した。1メートル88、92キロ。右投げ右打ち。

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