黒田もあのルーキーも…現役二世の活躍期待 実はこんなにいる

[ 2015年3月28日 07:45 ]

広島の黒田

 長嶋茂雄・一茂親子、野村克也・克則親子に代表されるように、これまでプロ野球界には多くの親子でプロ野球選手が存在した。そして、現役選手にも様々な形でプロ野球選手の二世がいる。あるキーワードをもとに、主な現役の二世選手を取り上げよう。

今、一番話題の選手も父親はプロ野球選手だった

 今年のプロ野球界で現在、話題を呼んでいるのはヤンキースから古巣の広島に復帰した黒田博樹だ。彼の父親もプロ野球でプレーしていた。

 黒田の父・黒田一博は佐世保商、八幡製鉄を経て1949年に南海ホークスへ入団。「親分」こと山本一人監督の下、1951年からのリーグ3連覇に外野手のレギュラーとして貢献している。その後、高橋ユニオンズ、大映スターズでプレーを続け、1956年に引退。引退後はスポーツ用品店を営みながら、ボーイズリーグの監督を務めた。

 息子の博樹は上宮高時代こそ控え投手に甘んじたが、専修大でその才能が開花。広島入団後の活躍はもはや説明無用だろう。

父親だけでなく息子2人もプロ野球選手

 父親と息子2人もプロ野球選手というケースは父・堂上照、長男・剛裕、次男・直倫親子と父・笠原栄一、長男・将生、次男・大芽親子だ。

 堂上照は1970年代後半から1980年代にかけて中日で先発、中継ぎで活躍。引退後は球団職員や合宿所寮長を歴任した。長男・剛裕は2003年にドラフト6位で、次男・直倫は2006年にドラフト1位で、ともに父が在籍した中日に入団。剛裕は、このオフに戦力外通告を受けたが、育成選手として巨人と契約。今春のキャンプ中に支配下登録され背番号が91となった。直倫は背番号1から、昨年まで兄が背負っていた63に降格。レギュラー獲りに燃える。

 笠原栄一は1984年にロッテのドラフト1位で入団。背番号は金田正一の34を与えられるなど将来の大器として期待されたが、目立った活躍ができず、1994年にダイエーへ移籍。そこでも芽が出ず、1996年に戦力外を受け引退した。巨人に入団した長男・将生はプロ3年目の2012年に父が果たせなかったプロ初勝利をマーク。翌2013年には4勝を挙げるなど、若手右腕として期待される。昨シーズン後半から2軍のローテーションに入るなど成長の跡を見せる次男・大芽は、プロ3年目の今年、待望の1軍登板を目指す。

ルーキーにも二世選手

 今年プロ入りしたルーキーにも二世選手がいる。まずはオリックスのドラフト1位・山崎福也。父・章弘は捕手として巨人、日本ハムでプレーし、引退後は日本ハム、中日などのコーチを務めた。次男である福也は日大三高の3年春にセンバツ準優勝、明治大でもエースとして活躍した。オープン戦での好投が実り、開幕1軍、ローテーション入りとなった。好投手が揃うオリックスだが、左腕は少ないだけにチームとしても助かる存在だろう。パ・リーグ新人王候補の呼び声も高い。

 もう一人は巨人の育成選手・川相拓也。父は巨人のヘッドコーチで、現役時代はいぶし銀の選手として攻守で活躍した川相昌弘だ。21年前の1994年、10月1日のヤクルト戦でのヒーローインタビューで、当日観戦していた子どもたちの名を叫び、「パパ頑張ったよ!」と言ったことが話題を呼んだ。その時の3人の子どもの一人が、次男の拓也だった。

 拓也は桐蔭学園高、桜美林大、桜美林大のコーチを務めた後にアメリカのサマーリーグでプレーした。ユニフォーム姿は父を彷彿とさせ、自主トレ時に行われた新人体力測定では、多くの項目でトップになったという。まずは1日も早い支配下登録を目標に奮闘を続ける。(『週刊野球太郎』編集部)

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