避難生活の両親に届け!JR東日本東北・西川和が復活勝利

[ 2015年3月10日 05:30 ]

<大阪ガス・JR東日本東北>6回2/3を6安打2失点のJR東日本東北・西川和

第70回JABA東京スポニチ大会予選リーグDブロック JR東日本東北3―2大阪ガス

(3月9日 横浜)
 社会人野球の幕開けとなる東京スポニチ大会が9日に開幕し、3会場で予選リーグ7試合(1試合は雨天中止)が行われた。東北地区から唯一の出場となったJR東日本東北は大阪ガスに3―2で勝利。先発した西川和美(かつみ)投手(24)が6回2/3を6安打2失点の好投を見せ、昨夏の都市対抗で敗れた相手に雪辱した。10日は3会場で予選リーグ7試合が行われる。

 右腕を振り抜くたびに、投げられる幸せをかみしめた。こぼれる安どの笑み。約10カ月ぶりの公式戦マウンドに立った西川和は、6回2/3を2失点にまとめ、チームの初戦突破に貢献した。「立ち上がりはフワフワしていたが、思った通りに投げられた。ホッとした。親に良い報告ができます」

 昨年6月だった。JABA北海道大会に登板後、突然右手が血行障害に見舞われた。「投げると痛みが走る。ショックだった」。だが、決して弱音は吐かなかった。実家は、東日本大震災で事故を起こした福島第1原発から20キロ圏内の南相馬市。両親は仮設住宅で避難生活を送っている。「親は好きなことをやれと野球を続けさせてくれた。心配して何度も連絡をくれたし、元気な姿を見せたかった」。必ずグラウンドに戻ると心に誓い、ランニングに明け暮れた。キャッチボールすらできなかった右腕は回復し、今年1月下旬からは投球練習を再開。この日は不安を抱えながらも、気温10度を下回る寒空の下で腕を振った。かつて148キロを誇った直球の最速は136キロ。それでも「走り込んで制球力が上がった」と低めを突いて6回まで0を並べた。

 7回に連打で失点して降板したが、エース西村の好救援で逃げ切り勝ち。昨夏都市対抗で敗れた大阪ガスに雪辱し、藤井省二監督は「西川には合格点をあげたい」と称えた。11日で震災から4年。故郷の家族に復活を告げる106球の熱投だった。

 ◆西川 和美(にしかわ・かつみ)1990年(平2)11月25日、福島県南相馬市生まれの24歳。小2から野球を始める。小高工では3年夏にエースを務め、福島大会4強。東日本国際大進学後に外野手転向も、3年夏から投手に再転向した。2年時から3年連続全日本大学選手権出場し、13年にJR東日本東北に入社。家族は両親と兄。1メートル81、90キロ。右投げ右打ち。

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