阪神・西岡で始まり西岡で終わった一年(3)“罪”を認めて記した「けじめ」

[ 2015年1月8日 10:50 ]

9回1死満塁、一塁へと走る西岡(左)の左手に、捕手・細川の送球が当たる

 前代未聞の幕切れだった。1勝3敗で迎えた日本シリーズ第5戦。0―1の9回。制球が定まらない守護神サファテを攻めて1死満塁とし、西岡に打席が巡ってきた。

 カウントは3ボール1ストライク。1球待ち、押し出し四球を狙ってもいい場面で5球目を打って出た。打球は一塁手・明石の正面へ。とっさの判断で走路をファウルライン上ギリギリにとった。明石はバックホーム。捕手・細川から一塁への送球が西岡の左手を直撃した。

 白球が一塁ファウルゾーンを転々とする間に、二塁走者の田上が生還。同点と思われたが「明らかに妨害しようという意思があった」(白井球審)と守備妨害を宣告された。ベンチを飛び出した和田監督とともに西岡も必死に抗議したが、判定が覆ることはなかった。3・30東京ドームでの悪夢の激突で始まった阪神の14年シーズンは、くしくも西岡のワンプレーで幕を閉じたのだった。

 ロッテ時代の05、10年に続く、自身3度目の頂上決戦。大ケガを乗り越えての出場に心に期すものがあった。失意のゲームセットから3時間後、両親や知人、用具担当者を交えて、博多市内で慰労会を開催した。焼き肉を囲みながらも、今季、一滴もアルコールを口にしなかった西岡は、このときもウーロン茶で喉を潤した。その傍ら、送球を受けた箇所を電気治療。試合後、「あの一瞬でわざと守備妨害なんかできるわけがない」と話しながらも、勝ち越しの好機を一瞬でつぶしたことに、責任も感じていた。左手の親指はジンジンと痛んだ。同時に胸も痛かった。

 ひとつのけじめだったのだろう。翌日。ラストシーンの心境を冷静に振り返り、フェイスブック上に声明を出した。

 「打った瞬間、ゲッツーを確信しました。ルールで(ファウルラインの)内側に入って送球が当たれば守備妨害は百も承知です。少しの可能性にかけて内側から外側に走っていくものを、ライン上スレスレを走って体に当たれと思いながら走ってました」
 ルール違反も承知の策だったことを認め、同時に「僕の責任です。走塁どうこうより、あの場面で打たない僕が悪い」とファンに謝罪した。

 約2週間後の11月11日、大阪市内の病院でキャンプから痛めていた「右肘遊離軟骨除去手術」を受けた。内視鏡での処置で、通常なら3個で済む患部への穴は、6個にも及んだという。術後の回復は順調。現在は3月30日の激突時、真っ先に自分の元へ駆けつけてくれた権田康徳トレーナーのサポートを受けて、リスタートの「2・1」へ向かって歩を進めている。

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