阪神・西岡で始まり西岡で終わった一年(2)あの時と同じ左拳突き上げ

[ 2015年1月7日 11:30 ]

7月11日、内野5人シフトを攻略し、西岡は塁上で左拳を突き上げた

 東京ドームでの悪夢の激突から数日後、阪神・西岡が向かったのは、自宅から車で約3時間かかる岐阜の治療院だった。芸能人からスポーツ選手まで幅広く治療を行う鍼灸(しんきゅう)師の下、壮絶なリハビリがスタートした。

 まず脱臼した左肩鎖関節をはめ込むことから始まった。ベッドに横になり、担当医が患部を拳でコンコンと小刻みに叩く。尋常ではない痛みが体中に響き渡る中、タオルをかみしめ、必死に耐えた。出るのは脂汗とうめき声。「一般人なら耐えられない」とも言われた強烈な施術だった。

 毎週のように治療院に足を運び、都合が合わないときは自宅に招いた。球団側には「1カ月は自由にさせてほしい」と申告。全国の温泉や病院を回り、サプリメントや食事も、少しでも患部に効くという話を聞けば迷わず摂取した。その頃、代役の上本が「1番・二塁」の座をつかんでいた。湧き起こる悔しさを胸の奥にしまい、必死に復活の時を目指した。

 3歳から野球を始めて以降、これほどの長期離脱はなかった。心が折れそうになる中でも、若手への気遣いや助言は忘れない。開幕2軍だった3年目の伊藤隼、梅野の台頭で出番が一切なかった小宮山には「腐るな。絶対にチャンスは来る」と激励。今成や大和とは自宅でテレビゲームを楽しんだ。今成が打撃不調に陥るとテレビ観戦で気づいた改善点を連絡。用具担当者には日頃の感謝を込め、鳴尾浜近くにあるスーパー銭湯のマッサージをプレゼントした。

 復帰戦は6月27日の中日戦(甲子園)だった。「1番・三塁」で先発。5打数無安打ながら元気な姿を披露した。この夜、登場曲を提供してくれる親交の深いシンガー・ソングライター・強(つよし)も観戦した。奇数回打席では昨季前半戦までの「カーテンコール」、偶数回打席では昨夏以降定番となった「スーパースター」を使用。「リハビリ中、一番聴いていた曲だから」。89日ぶりの雄姿だった。

 そして、復帰を強烈に印象づけたのは7月11日の巨人戦(東京ドーム)。4―2の6回1死二、三塁で代打で出場すると、原監督が敷いた内野5人シフトをあざ笑うかのように、無人の中堅へ適時二塁打を放った。開幕3戦目、救急搬送される直前にファンの声援に掲げた左拳。この夜は、帰還を告げるように二塁塁上で力強く突き上げた。

 2月のキャンプ中に発症した右肘遊離軟骨による痛みをおして、広島、巨人とのCSでは全6試合に「1番・三塁」で出場。計27打数10安打、打率・370の活躍で9年ぶりの日本シリーズ進出に貢献した。

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