清武の乱 巨人の勝ち 泥沼3年バトルに判決

[ 2014年12月19日 05:30 ]

渡辺最高顧問(左)と清武氏

 巨人のコーチ人事に不当な介入があったと記者会見で批判し、球団代表を解任された清武英利氏(64)と巨人側が互いに損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁(大竹昭彦裁判長)は18日、清武氏に計160万円の賠償を命じる判決を言い渡した。解任は正当だったと認め、清武氏の請求は全て棄却した。約3年に及んだ「清武の乱」は、球団側の勝訴となった。

 傍聴席の桃井恒和球団会長は表情を変えずに判決を聞いた。一方、ダークグレーのスーツにオレンジ色に近いネクタイを締めた清武氏は少し硬かった。判決は巨人側の勝利といえるものだった。

 「本日の判決は、清武氏が取締役の公的義務に違反して、記者会見を強行し、秘密情報を公表したと明確に認定し、取締役の解任が正当だったと認めました。また、渡辺恒雄会長(当時)が鶴の一声でコーチ人事を覆したなどとした清武氏の発言は名誉毀損(きそん)だと認めました。妥当な判決であり、清武氏こそコンプライアンスに違反したことが明らかになったと考えています」

 会見で、桃井会長は読売新聞グループ本社と巨人軍の見解を読み上げた。渡辺恒雄最高顧問も結果を聞き「妥当な判決が行われたということで喜んでいると思います」とした。

 清武氏が2011年11月11日に記者会見を開き、渡辺球団会長がコーチ人事に不当に介入したと批判したことがきっかけとなった訴訟合戦。東京地裁は、(1)コーチ体制の決定権限(2)清武氏の会見は会社法の取締役の義務に違反しているか――の2点において、巨人側の主張を認めた。(1)については、11年当時の桃井球団社長、渡辺球団会長の了解も必要だったとし、(2)についても江川卓氏の招へい案などの公表は取締役としての注意義務違反に当たるとした。解任は正当な理由があると判断された。

 賠償額160万円は、計1億円の損害賠償を求めた額とはかけ離れている。しかし、清武氏の言動の影響力や、報道などによる名誉毀損の度合いも判断された結果と見ており、桃井会長は「主張したことの大半が認められた」と語った。

 巨人において絶大な権力を持つ渡辺最高顧問や読売新聞グループと対峙(たいじ)する一連の流れは「清武の乱」とも言われた。今年6月の口頭弁論では両者が証人尋問で応酬を繰り広げた。その争いに一定の答えが出た。

 「(当時)球団は大混乱で、職員もチームも非常につらい思いをさせられました。それを全員で結束して乗り切った。3年は長かったですが、本当にホッとしています。(清武氏には)残念、そのひと言です」

 3年にわたる争いを振り返る桃井会長の言葉は実感がこもっていた。

 ≪清武裁判の経過≫

 ▼11年10月20日 渡辺会長と桃井社長、清武代表が会談。49分間の会談で新コーチ人事の話も出て、渡辺会長は「分かった」と話す。

 ▼同11月4日 渡辺会長と原監督が面談。原監督から江川氏の入閣案が出される。

 ▼同7日 渡辺会長と桃井社長が会談。桃井社長から清武氏はGM兼編成本部長の職を解くとの新人事案の内示と江川氏の入閣案を聞く。

 ▼同11日 清武代表が文部科学省記者クラブで緊急会見。渡辺会長が来季ヘッドコーチ人事で江川卓氏を推したことに「球団を私物化」と批判。

 ▼同12日 渡辺会長が反論する談話をA4判3枚の文書で発表。「事実誤認、表現の不当、許されざる越権行為および私に対する名誉毀損が多々ある」とした。清武代表は再反論の文書を出した。

 ▼同18日 巨人が清武代表解任を発表。桃井オーナー兼社長がオーナー職を外れ、白石興二郎氏のオーナー就任、原沢敦氏の新球団代表兼GMの就任発表。

 ▼12月5日 巨人と読売新聞グループ本社が東京地裁に提訴。

 ▼同13日 清武氏側が東京地裁に提訴。

 ▼12年2月2日 第1回口頭弁論が東京地裁で行われる。大門匡裁判長は2つの訴訟の併合審理を決定。

 ▼14年6月5日 清武氏と渡辺球団会長(当時)の証人尋問が東京地裁で行われる。11年11月11日の会見前に、両氏が電話で話し合った内容を清武氏が録音していたことが明らかに。音声ファイルには電話前に「どうせオレはクビになるんだから」や電話後の「とれたでしょう、どうだ!」の声も残る。

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