「百万ドルの内野」も失策王だった!?上には上がいる失策王は誰だ?

[ 2014年7月7日 05:30 ]

南海などで活躍した木塚忠助

 6月27日のDeNAvs広島の10回戦は、目を覆いたくなるようなプレーが続出した。DeNAの捕手・黒羽根利規がセ・リーグタイ記録となる1試合3失策を犯すなど、球団ではなんと43年ぶりとなる、チーム1試合5失策を記録。DeNAは歴史的な拙守で、広島に完敗した。

 しかし、過去のプロ野球では1試合で10個も失策を犯したチームがあるという。また個人では黒羽根の上をいく1試合4失策を記録した捕手がいるのだ。今回は普段それほど注目されない“失策”について、調べてみた。

 ◎黒羽根の上をいく、捕手で1試合最多の4失策

 まずは捕手が犯した失策記録を検証しよう。セ・リーグタイ記録の3失策の黒羽根の上をいくのが、1953(昭和28)年3月31日の西鉄戦で、4失策を記録した大映の上市明(後に「明」から「皓雄」に改名)だ。内訳は二塁悪送球と捕邪飛落球が1つずつで、残り2つは打撃妨害で失策が記録された。特に打撃妨害については、この試合の3回に中西太、4回に大下弘のバットに触れたもので、1試合に2度も打撃妨害が記録されるのは珍しい。

 捕手以外では、外野手の失策にこんな珍しい記録がある。1984(昭和59)年8月12日の西武vsロッテで、西武の駒崎幸一が1イニングでなんと失策を3つも犯してしまった。リーや落合博満らが連続タイムリーを放ち勢いづく中、続く山本功児のセンター前ヒットを、駒崎が後逸。さらに有藤道世もセンターにヒットを放つ。その打球を駒崎が捕球するもホームへ悪送球。さらに駒崎は動揺したのか、続く袴田英利のヒットをトンネルしてしまい、これで合計1イニング3失策を記録してしまった。試合の方は西武が1-17でロッテに大敗したという。

◎個人最多失策は意外にもあの名手が記録

 それでは全ポジションを含めて、1試合で最も多く失策を記録した選手は誰か。実は日本プロ野球史上最高の遊撃手ともいわれている木塚忠助(南海)が、1試合6失策を記録している。

 1949(昭和24)年9月29日、西宮球場で行われた試合に遊撃手として出場した木塚は、2回と3回にゴロを失策、4回には一塁へ悪送球で失策を記録。5回からは三塁のポジションにつくも、6回には2つ連続の悪送球、8回にゴロをはじいて合計6失策を記録してしまった。

 木塚はベストナインに7回も選出された名内野手で、特にその強肩は有名だ。一塁手・飯田徳治、二塁手・陰山和夫、三塁手・山本一人とともに形成された南海の内野陣は、「百万ドルの内野」と呼ばれた。その一角を担っていた木塚が失策王とは、意外な発見である。

◎暴投や捕逸……1試合で合計10失策したチームとは?

 最後はチーム失策記録について。2リーグ分裂後、1試合で最も多く失策を記録したチームはトンボユニオンズだ。1955(昭和30)年8月1日、川崎球場で行われた毎日戦で、トンボは合計10失策を記録した。内野手で悪送球などを含む5個、捕手で打撃妨害や捕邪飛落球など3個、右翼手でトンネルが2個と、バラエティーに富んだ内容だったという。試合はもちろん、0-13でトンボが大敗を喫した。

 このトンボユニオンズは、1954年に日本球界へ新規参入した高橋ユニオンズが、1955年にトンボ鉛筆と業務提携して名称変更したチームで、このシーズン終了時は首位の南海に57ゲーム差をつけられた最下位。141試合を戦い、42勝98敗1分で勝率はわずか3割に終わった。

 翌1956年にはトンボ鉛筆との業務提携も解消。再び高橋ユニオンズというチーム名に戻った。しかし、ユニオンズはこの年で消滅。日本プロ野球界にわずか3シーズンだけ存在した「幻」のチームである。ちなみにユニオンズのチーム失策数は、創立1年目が209個、2年目が202個、3年目が194個という記録が残っている。(『週刊野球太郎』編集部)

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