由規復活への第一歩 07年“BIG3”再び輝きを

[ 2014年6月20日 07:36 ]

14日のフューチャーズ戦で792日ぶりに実戦登板を果たしたヤクルト・由規

 今年の交流戦も終盤戦に突入。印象に残った試合は数多くあった。その中の1つに、大谷翔平(日本ハム)が自身最速タイの160キロをマークしたこと。それも1試合ではなく、何試合でも記録したことが思い出される。

 そのニュースには必ず、日本人最速の161キロを記録したヤクルトの由規(よしのり)の名前が紹介されていたはずだ。その由規が、先日14日、2軍の混成チームであるフューチャーズ戦に先発登板。1回を2三振、無安打無失点に抑えた。球団スタッフのスピードガンでは最速155キロをマークし、150キロ台のストレートを連発したという。

 故障に泣かされ続け、実に792日ぶりにマウンドへ帰ってきた由規。知る人ぞ知る、由規の苦難の歴史を振り返ってみよう。

◎2007年“高校BIG3”のひとり

 2007年の高校生ドラフトでは5球団が1巡目に指名した逸材は、高校時代から大注目を浴びていた。大阪桐蔭高の中田翔(現日本ハム)と成田高の唐川侑己(現ロッテ)とともに、仙台育英高の佐藤由規は“高校BIG3”と呼ばれた。

 1年春から、内野の控えとしてベンチ入り。その秋から投手に専念し、140キロ超のストレートを記録して一躍注目を浴びた。2年夏の宮城大会決勝戦は、引き分けになった試合と再試合の2試合を投げ抜いてチームを甲子園へと導いた。秋の東北大会も優勝して、3年生の春はセンバツ出場。そして、最後の夏も甲子園へ進み、現在も甲子園では「高校球児歴代最速」の155キロで高校野球ファンを大いに沸かせた。

 ドラフトでヤクルトが交渉権を獲得した直後の会見では、家族に対する感謝を述べながら号泣。さらにプロ入り直前の激励会でも涙をみせ、「泣き虫王子」と呼ばれたのは、懐かしいエピソードだ。

◎順風満帆かと思えたプロ入り後

 プロ1年目、早速大器の片鱗をみせて2軍で最多勝を挙げた由規。2年目は1軍で5勝、3年目には12勝をマークするなど、由規のプロ生活は順風満帆かと思われた。

 しかし、4年目の2011年の交流戦中にわき腹を、9月には右肩を相次いで故障。2012年は左すね剥離骨折を負い、2013年4月には右肩のクリーニング手術を受けるなど、毎年毎年、故障との戦いを繰り返した。

 2年連続で1軍登板なしに終わった由規。昨年の契約更改交渉では野球協約に定められた減額制限25%ダウンを超える、33%ダウンの年俸3000万円でサイン(金額は推定)するなど、苦渋を味わった。

◎復活を期す今シーズン

 悔しさを胸に秘めて迎えた今シーズン。自主トレから右肩は順調で、キャンプでも2年ぶりにブルペンで捕手を座らせてピッチング練習を続けていた。昨年11月中旬から禁酒を続けるなど、藁にもすがる思いで慎重にリハビリを続けた。

 当初は3月末には打者と対戦できるところまで回復するのでは、と予想されていた。だがここまで、慎重に慎重を重ねて2012年4月13日の社会人野球チーム・富士重工業との練習試合以来のマウンドに帰ってきたのだった。

 ちなみに、大谷(日本ハム)が160キロをマークした6月11日には、藤浪晋太郎(阪神)、濱田達郎(中日)と2012年に“BIG3”と呼ばれた3人が、初めて同じ日に先発登板を果たしたことがニュースになった。

 その一方で、プロ入り後、由規、唐川侑己、中田翔が同時に活躍した期間は少ない。由規はケガの再発の可能性をなるべく低めるように、唐川は今年未勝利から立ち直れるようにして、日本代表の打者になった中田翔とまた同じ舞台に並びたいところ。今年でまだ25歳の彼らはこれから何度も対戦する機会はあるはずだ。その日が来ることを信じて、由規を見守り続けたい。(『週刊野球太郎』編集部)

 ▼『週刊野球太郎』(http:/yakyutaro.jp/)とは イマジニア株式会社ナックルボールスタジアムが配信するスマートフォンマガジン(auスマートパス、docomo SPモード、Yahoo!プレミアムで配信中)。最新の野球情報はプロ・アマ問わず充実しています。母体となるのは雑誌『野球太郎』。現在は『野球太郎No.009~2014夏の高校野球大特集号』が発売中。ドラフト候補から、各地区で有望な選手、チームをピックアップしている。今年の高校野球はこれ一冊で堪能できます。

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