伊原監督“休養”ナゼ?前近代的な指導や規律にナインの心が離反

[ 2014年6月5日 05:50 ]

<西・D>試合後の会見で、無念な表情の伊原監督

 「休養」といっても、事実上の解任であることは否定できないだろう。成績不振もさることながら、球団が看過できなかったと思われるのが、伊原監督に対してナインの心が完全に離反していたことだ。

 その要因の一つが「前近代的」な指導、練習法だった。今春キャンプ。「地に足を着けて土台をつくる」と宣言した通り、前半は午前、午後で「2部制」のランニングを実施するなどほとんど走り込み。シートノックが初めて行われたのが15日なら、紅白戦はわずか1試合だけだった。開幕前には若手野手を中心に「実戦が少なかったので試合勘が不安」と漏らす選手が多くいた。結果、開幕から貧打が続いた。現在、パ・リーグ首位のオリックスが2月3日に紅白戦を行うなど、実戦練習を主としたのとは対照的だった。

 また、就任と同時に、長い裾のユニホームやひげを禁止、門限も午後10時に設定。野球以外の部分でも厳しい戒律を求められたことで、選手は口に出さないまでも反発を強めた。ある球界関係者は「涌井や片岡がFAで移籍したことも、全く無関係とはいえない。時代の潮流に乗り遅れている」と指摘する。シーズンが始まれば、敗戦時にはメディアの前で選手を容赦なく個人攻撃することも少なくはなかった。この姿に「あの人は勝ったら自分の手柄で、負けたら選手の責任」と吐き捨てる選手もいた。

 すべては、自らが指揮を執り、02年にリーグ優勝を果たした「古き時代の強いライオンズを取り戻す」ためだったが、当時とは選手気質も違う。11年前同様に「鬼軍曹」を貫いたところに悲劇があった。

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