松坂 メジャー初の連投!3回0封、2000K達成

[ 2014年4月22日 05:30 ]

ブレーブス戦の11回から登板し、3回を無安打無失点のメッツ・松坂

ナ・リーグ メッツ4―3ブレーブス

(4月20日 ニューヨーク)
 メッツの松坂大輔投手(33)が20日(日本時間21日)、ブレーブス戦の延長11回から登板し、3回を無安打無失点、5三振と好投した。大リーグ8年目にして初、西武時代を含めてもレギュラーシーズンでは12年ぶりプロ2度目の連投。2つ目の三振で日米通算2000奪三振とすると同時に、チームの延長14回サヨナラ勝ちを呼び込んだ。

 松坂がアウトを重ねるごとに観衆のボルテージが上がる。対照的に本人は一切表情を変えなかった。

 「試合展開次第で延長に入ってからは当然出番があると思っていた。(連投は)何の問題もなかった。結果ゼロならそれが一番いい」。メジャー昇格後初登板となった19日は3年ぶりの救援で1回1失点。20日の試合前にダン・ワーセン投手コーチから「きょうも1イニングくらいなら大丈夫か」と問われ、迷うことなくうなずいた。結局は3イニング。13回の攻撃で代打を送られたが、前打者が出塁していたら打席で送りバントをし、14回も投げる予定だったという。

 いきなり先頭のアグラに四球を与えてから、3者連続で空振り三振。12、13回は「余計な動きをしないでいい」と手応えを得たセットポジションで投げ続け、走者を許さなかった。「先発の時にはしない配球」とカーブなど遅い変化球でカウントを整え、要所で直球やカットボールの速球系で抑えた。

 横浜高時代は98年夏の甲子園でPL学園との準々決勝で延長17回250球を投げた翌日に救援登板するなど「平成の怪物」の異名を取った。テリー・コリンズ監督は、サヨナラ勝ちを呼ぶ快投に「いい仕事をしてくれた」と絶賛。07~08年にオリックスを率いた指揮官は、救援で連投させたことに「日本の投手については知っている。(日本では救援投手が)毎日投げることはそこまで大きな問題ではない」と説明した。
 
 救援だけでなく、先発にアクシデントが起きた場合の代役として準備を求められていた。便利屋的な使われ方にも「自分の立場は理解している」。それでも最後に言った。「リリーバーに専念するつもりはないです」。日米で先発の柱として長年活躍してきた誇りは失ってはいない。

 ≪4人目≫松坂がブレーブス戦で5三振を奪い、日米通算奪三振を2003とした(日本1355、米国648)。日本と米国でプレーした日本人投手で、日米通算2000奪三振を達成したのは4人目。日本プロ野球では21人が達成しており、最多は金田正一の4490。

 ▽松坂の西武時代の連投 レギュラーシーズンでは右肘の違和感から復帰した02年8月4日ダイエー戦で2番手として1回2/3を無失点だったのに続き、翌5日の近鉄戦で3番手として1回を無失点に抑えた。ポストシーズンでは04年10月24日、中日との日本シリーズ第6戦で先発して8回2失点で勝利投手になり、翌25日の第7戦で3番手として8回の1イニングを無失点。プロでは自身初となる日本一につなげた。

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