古豪復活!龍谷大平安、38度目の挑戦で悲願の春初V

[ 2014年4月3日 05:30 ]

<履正社・龍谷大平安>優勝の瞬間、大喜びでマウンドに集まる龍谷大平安ナイン

第86回選抜高校野球大会決勝 龍谷大平安6―2履正社

(4月2日 甲子園)
 古豪復活だ。センバツ史上初の京阪対決となった決勝で、龍谷大平安(京都)が履正社(大阪)を6―2で下し、大会最多38度目の出場で初優勝を果たした。甲子園大会制覇は1956年夏以来58年ぶり4度目。4―2の8回1死満塁、2ボールから救援した中田竜次投手(3年)が無失点で切り抜けた。93年から母校の指揮を執る原田英彦監督(53)は春夏通算13度目の甲子園で初の頂点。春夏通じて初の決勝に進んだ履正社の優勝はならなかった。

 覚悟を決めた。三塁ベンチ前でキャッチボールをしていた中田は、マウンドに走った。4―2の8回1死満塁、カウント2ボール。絶体絶命のピンチが、背番号1を背負うエースの出番だった。

 「ピンチの方がワクワクするし、集中力が出る。伝統校の1番を背負っている。絶対に抑えてやろうという気持ちだった」。初球。直球が高めに外れた。3ボール。それでも全力で腕を振る。フルカウントまで持ち込んだ。最後はカットボールで空振り三振。4万1000人が詰めかけた甲子園が沸く。打席の永谷は「あそこで変化球を投げる勇気があるとは思わなかった」と脱帽した。なお2死満塁。1回戦で満塁弾を放った辻もカットボールで投ゴロに仕留めた。魂の9球だった。

 桐生第一(群馬)との準々決勝で右肩に痛みが走り、前日の準決勝・佐野日大(栃木)戦は「投げられません」と登板を回避した。迎えた決勝。原田英彦監督に呼ばれた。「お前は胴上げ投手になりたくないんか?」。即答した。「いきます!」。9回からの登板予定は前倒しになったが、チームを救った。昨秋の近畿大会以降は全て救援登板。「一番しんどいところを任せられる」という指揮官の考えもあり、守護神役を全うした。

 「辞めてまえ」――。昨春の初戦で早実(東京)に敗れ、スタンドから罵声が飛んだ。「本当に悔しかった。今いる選手たちもその声を聞いているんです」と原田監督。グラウンドには「全国制覇」の横断幕が掲げられた。年明け初練習となった1月5日、指揮官の第一声は「日本一にならな、あかんぞ!」だった。ナインは頂点だけを見据え、冬を越した。

 9回、最後の打者を中飛に打ち取った中田は、両手を突き上げた。母校の歴史を塗り替え、アルプス席前で3度宙に舞った原田監督は言った。「監督としてではなく、平安ファンとして本当にうれしい」。怒りを力に変え、頂点に上り詰めた。38度目の挑戦。1908年創部の歴史を誇る古豪にやっと春が来た。

 ▽龍谷大平安 1876年(明9)開校の私立校。03年から男女共学となり、08年に「平安」から校名が変更となった。1908年(明41)に創部された野球部のOBには衣笠祥雄(元広島)、桧山進次郎(元阪神)、赤松真人(広島)、炭谷銀仁朗(西武)ら多数。生徒数は1404人で女子は559人。現住所は京都市下京区御器屋町30。

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