「センバツ」ノーヒッター列伝 1大会で2度の達成も

[ 2014年3月28日 12:49 ]

1978年の第50回センバツで完全試合を達成した前橋の松本稔

 21日に開幕した第86回選抜高校野球大会。初日には履正社の2年生右腕・溝田悠人が、あわやノーヒットノーランの快投を見せた。「あと2人」でその記録は途絶えるも、9回1死まで許した走者は味方の1失策だけに抑える、素晴らしい投球だった。今回は達成できなかったものの、センバツでは完全試合も含めると過去12人のノーヒッターが誕生。最近では2004(平成16)年の第76回大会で、東北のダルビッシュ有(現レンジャーズ)が記録している。今回はそのノーヒッターたちに迫ってみたい。

◎センバツ史上初のノーヒッター

 さかのぼること83年前。1931(昭和6)年の第8回大会で、センバツ史上初のノーヒッターが誕生した。広島商のエース・灰山元治が、1回戦の坂出商を相手に達成。内外角ギリギリに決まるストレートとカーブを武器に、相手打線を翻弄。1回戦以降も、安定した投球で決勝戦までひとりで投げ抜き、この大会の優勝投手となった。

 ちなみに、この大会で、広島商の遊撃手として出場していたのが、、のちに南海の選手、監督として活躍した鶴岡一人。特に監督通算1773勝は歴代トップ、選手兼監督を含めた監督歴23年で、3位以下はたった3シーズンしかない名将だ。この鶴岡がファインプレーで何度もファンの喝采を浴びたと、当時の文献には残っている。灰山のノーヒットノーランにも、守備で大きく貢献したことだろう。

◎1大会で2度もノーヒットノーラン

 センバツの長い歴史のなかでは、一つの大会で2度もノーヒットノーランが達成された年もあった。1933(昭和8)年の第10回大会で、一宮中の河合信雄と、海草中の森田俊男の2投手が達成している。

 河合は大会1日目、前年優勝の松山商を相手に13奪三振を記録。センバツ史上2人目のノーヒッターとなった。翌日の大会2日目には森田が桐生中戦で、8四球を与えながらも三振を9つ奪って達成した。

 実はこの大会、センバツ10周年を記念して出場チームを増やして開催された。全国から強豪チームが集まり、好投手が多く出場したことで、こうした記録が生まれたのだろう。ちなみにあの沢村栄治も、この大会で甲子園に初出場。京都商のエースとして関学中と対戦して被安打6、2失点ながら13奪三振をマーク。初めてその投球をみた甲子園のネット裏では「有望な投手が出てきた」と噂になったという。

◎やっぱりスゴい! 完全試合男

 最後はノーヒッターの上をいく「完全試合男」を紹介しよう。大記録が達成されたのは、1978(昭和53)年、第50回大会の大会4日目の第三試合。比叡山と対戦した前橋の松本稔は立ち上がりから素晴らしい投球を披露。わずか78球で27人の打者を打ち取り、1-0で史上初の完全試合を完成させた。168センチ63キロと小柄な松本は、力で打者を抑える投球はできない。しかし、抜群の制球力と投球術、センスで大仕事をやってのけた。

 春、夏の甲子園大会はもちろん、国体や明治神宮大会も含めて高校野球の全国大会での完全試合は初めて。センバツでは1019試合目、夏の選手権大会で行われてきた1410試合を含めて、甲子園の2429試合目に快挙は達成されたのだった。

 記録と記憶に残る高校球児の出現を楽しみにしながら、センバツを観戦しよう。
(『週刊野球太郎』編集部)

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