森徹氏死去…早大4番でミスターのライバル、中日でも活躍

[ 2014年2月7日 05:30 ]

59年、長嶋氏(左)と笑顔で並ぶ中日時代の森氏

 中日などで活躍し、全国野球振興会の理事長を務める森徹(もり・とおる)氏が6日午前8時52分、肝細胞がんのため、東京都文京区の日本医大病院で死去した。78歳。旧満州(現中国東北部)生まれ。通夜は10日午後6時、葬儀・告別式は11日午前10時半から、いずれも東京都荒川区町屋1の23の4、町屋斎場=(電)03(3892)0311で。喪主は長男健(たけし)氏。

 森氏は早大で強打の4番打者として活躍。東京六大学野球で、立大の長嶋茂雄と同期でライバル関係だった。1958年に中日入り。新人王こそ、巨人に入団した長嶋に奪われたが、いきなり23本塁打を放った。2年目の59年には4番を打ち、31本塁打、87打点で2冠を獲得し、長嶋に勝った。新人だった58年から3年連続でベストナインに選出。62年から大洋(現DeNA)で66年から東京(現ロッテ)でプレーし、68年限りで引退した。通算成績は1177試合で971安打、189本塁打、585打点、打率・251。球宴に5度出場。柔道、合気道、空手で6段を持ち、武道の達人としても知られた。

 引退後は野球評論家。マスターズリーグでもプレーした。94年設立の日本プロ野球OBクラブから社団法人として改組された全国野球振興会の役員で、2011年から理事長を務めていた。

 ▼巨人長嶋茂雄終身名誉監督 東京六大学時代からライバルと呼ばれ、プロ入り後もタイトルを争いました。入団2年目には3冠のタイトルを分け合いました。東京六大学の出身者は自分にとって特別な存在。大切な仲間を失い、とても残念でなりません。

 ▼ソフトバンク王貞治球団会長 悪いとは聞いていなかったので、驚いた。外見は豪放磊落(らいらく)という感じだったが、気配りのできる人だったと思う。同じような世代を生きた人が亡くなるのは残念です。

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