巨人・松井臨時コーチ 507発原点を電撃訪問 12年ぶり宮崎入り

[ 2014年2月1日 05:30 ]

全体ミーティングに参加し、巨人コーチ陣と笑顔を見せる松井氏

 プロ野球は1日、宮崎、沖縄の両県で12球団が一斉にキャンプインする。巨人の宮崎キャンプで臨時コーチを務める松井秀喜氏(39)は31日、02年以来12年ぶりに宮崎入りした。宮崎空港でのセレモニー後、かつてのメーン球場で自らにとって聖地ともいえる、ひむかスタジアム(当時・宮崎市営野球場)を電撃訪問。グラウンドではバットも振った。心を新たにした松井氏は指導者としての第一歩をこの宮崎の地で刻む。

 12年ぶりに宮崎に降り立ったゴジラに、燦々(さんさん)と太陽が降り注いだ。気温21度。チームを一人離れた松井氏は、ひむかスタジアムにいた。この風、この匂い。球団イベント関連のビデオ撮影で訪れた思い出の地。血と汗と涙を染み込ませたグラウンドで、撮影用にバットも振った。

 「12年ぶりに宮崎に戻ってきました。教えることは経験ないですが、宮崎の気持ちいい風と太陽にあたりながら、選手たちとしっかりした日々を過ごしたいと思います」

 聖地に立ち寄る直前。到着した宮崎空港では、新人時代の93年を100人上回る約800人のファンが出迎えた中、指導者としての決意を語った。

 ひむかスタジアムは現在は2軍のメーン球場だが、01年までは1軍が使用していた。フリー打撃では数え切れないほどの柵越えでファンを沸かせ、日米通算507本塁打の打撃の基礎を築き上げた。指導者としての一歩を踏み出す前に、スラッガー・ゴジラ生誕の地の空気を、存分に吸い込んでいた。

 宿舎では新たな野球道具が待っていた。現役最後の12年と同じ型で作られた白木の試合用バットが5本に、グラブ、スパイク、打撃用の革手袋。そして初めて手にする長さ90センチ、重さ600グラムのノックバットが1本。現役時代はバットに、背番号であり代名詞の「55」という数字が刻印されてきた。だが、そこにもう数字はなく、HMという名前のイニシャルだけが刻まれている。

 また、ユニホームには袖を通さず、ジャージー姿で臨む予定で、裏方に徹する考えをチームに伝えた。「打撃投手もやりますよ。体も動くし、2、3キロ太ったのでダイエットという意味でも汗をかきたい」。昨年7月に、ヤンキース傘下1Aスタテンアイランドに練習参加した際も務めた打撃投手役に意欲をみせた。

 夕方の全体ミーティングでは「12年ぶりにチームに入ります。プロ野球選手を教えたことはないですが、僕が経験したことを伝えられたらと思う」とあいさつした。2軍選手も含めて幅広く指導する方針で、原監督は「臨時コーチとはいえ同じ釜の飯を食べる。世界で通用したメンタル、技術をジャイアンツに注入してくれれば」と期待を寄せた。日米を股に掛け、無数の感動を届けたゴジラの野球人生の第2章。またこの宮崎から幕を開ける。

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