池田が27年ぶり帰ってくる 天国の蔦さんに雄叫び

[ 2014年1月25日 05:30 ]

やまびこ打線復活!27年ぶりのセンバツ出場を決め歓喜の池田ナイン

第86回選抜高校野球出場32校決定

(1月24日)
 天国にいる蔦文也元監督(享年77)の笑顔を連想させるような、澄んだ青空が広がっていた。午後3時42分。三好章文校長から吉報を伝え聞いた池田の部員は、雄叫びをあげると、天に向かって勢いよく帽子を放り投げた。

 「長かった。やっといい報告ができる。池田を見守っていてください。“いつまでかかっとるんじゃ”と言われそう」

 岡田康志監督の声は震えていた。自身が指揮を執った92年夏を最後に遠ざかっていた聖地。穴吹に12年間赴任した後、池田の監督に再就任して4年目につかんだ甲子園切符だった。思い出したのは穴吹へ赴任する前日の98年3月31日。「蔦先生だけが“良かったな”と言ってくださった。“また一からになるが、自分の思い通りに野球したらええんじゃ”と」。恩師の言葉を今も胸に刻む。

 「さわやかイレブン」と呼ばれた74年春は準優勝。水野、江上らを擁した82年夏と83年春は、当時史上4校目となる夏春連覇を達成した。猛威を振るった強力打線は「やまびこ打線」と形容された。その後は低迷したが12年4月に寮が復活。この日は地元有志から打撃マシンも寄贈された。町ぐるみの支援を受けての27年ぶりのセンバツ出場だ。

 指揮官は夕方、蔦元監督の家へ出向き、キミ子夫人(90)に吉報を届けた。25日は全部員で恩師のお墓参りに向かう。かつて名将が「山あいの町の子供たちに一度でいいから大海(甲子園)を見せてやりたかったんじゃ」と海に例えた甲子園。死去から13年。新しい池田の船出だ。

 ▼水野雄仁氏(83年度卒) 久しぶりの出場で非常にうれしい。自分たちの力で勝ち取った出場だと思う。我々のころと比較されることもあると思うが、それは関係なく、伸び伸びと爽やかに自分たちのプレーをしてほしい。

 ▼畠山準氏(82年度卒=現DeNA球団職員、82年夏に全国制覇)甲子園で池田のユニホームを見られるのが今から楽しみで仕方ありません。全国の池田ファン、そして蔦(文也)先生も天国で喜んでくれていると思います。

 ▼江上光治氏(83年度卒=83年春に優勝時の主将)彼らは初出場。自分たちでつかんだ甲子園で、臆することなくやってほしい。打ち方、投げ方はどうでもいい。それが池高。ノビノビした姿を見せることが伝統を守ることになる。

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