中日・森ヘッド ドミニカ共和国助っ人探し10年の“哲学”

[ 2013年12月27日 10:23 ]

アギラスのベンチで(左から)森ヘッド、コーチのカスティーヨ氏と中日のルナ

 今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で初優勝を成し遂げ、野球大国の実力を見せつけたドミニカ共和国。この人材の宝庫を毎年のように訪れ、多くの優良助っ人を発掘してきたのが、元スポニチ本紙評論家の中日・森繁和ヘッドコーチ(59)だ。今年も11月6日から約1カ月間、同国のウインターリーグを視察し、新たに4選手(育成1人を含む)を獲得。04年の初訪問から振り返るドミニカ共和国紀行を特集する。

 抜けるような青空に輝く海。カリブ海に浮かぶ野球大国のドミニカ共和国に、森ヘッドは今年も足を踏み入れた。落合監督に招かれ、中日入りした04年オフに初訪問。10年まで7年続けて通った。中日を退団した11年オフだけは多忙で断念したが、本紙評論家だった昨年も「2年も足を運ばないと、これまで築いてきたものが無駄になる」と自費で訪問した。

 再び中日のユニホームを着ることになった今オフ。11月6日に出国し、12月5日の帰国まで精力的にウインターリーグを視察した。エルナンデスら4選手を獲得。選手を選ぶにあたって、明確な「哲学」があった。

 「こちらの言うことを聞く耳があるか。練習熱心か。まずは、そこを見ないと。それが大前提」。実績のある選手でも練習態度が悪ければ獲らない。時間をしっかり守れるかどうかを確認するため、興味を持った選手を食事に誘い、時間通りに店に来るかどうかをチェックすることもある。

 今回は西武のコーチ時代に同僚だったドミンゴ・マルティネス氏に加え、今季から中日でプレーしているカブレラも空港まで出迎え、案内役を務めた。ルナとも現地で会い、近況を確認。彼らの情報と自身の人脈をもとに連日、動き回った。高温で日没も遅いドミニカ共和国のナイトゲームは午後8時開始。拠点にした首都サントドミンゴのキスケージャ球場で試合がある場合は午後3時に球場入りし、練習から熱視線を注ぐ。試合後にホテルに到着するころには日付が変わる。ルナが所属するアギラスの本拠地サンチアゴとなれば、首都から車で約3時間。ナイター後に帰ってくれば朝の4時ということもあった。ゲームのない日にはメジャー球団のアカデミーに足を運び、人脈づくりに励んだ。

 「夜は出歩けないし、店も閉まっている。球場でホットドッグをつまむか、日本から持っていったカップ麺やみそ汁をホテルで食べるしかない。お湯があまり熱くならないから細い揖保の糸(そうめん)がいいんだ」

 地球の裏側の異国だけに苦労も絶えない。5、6年前には現地の牛乳を飲んでひどい食あたりになったそうで「牛乳というより、コーヒーに入れる粉末クリームみたいだった。もう牛乳は飲まない」と苦笑いする。過去には3度、ピストルを突きつけられたこともあった。「到着2日目で時差ボケがあったから早朝に散歩していたら、薄暗いところからいきなりだよ。相手は(警戒中の)警官だったんだけどな」。ただ、今や現地ですっかり「顔」となり、野球関係者の間では「MORI」の名前は知れ渡っている。

 この時期のドミニカ共和国には日米だけでなく、近年は韓国プロ野球の球団スカウトも集結する。ただ、日本に適応する選手を格安で連れてくることにかけては森ヘッドの右に出る者はいない。シーズンの疲れを癒やしたいオフに、わざわざ地球の裏側まで足を運ぶ情熱と行動力。来年60歳になる森ヘッドは言った。「2年間も球団から離れていたから今年からまたやり直しだ」。そのエネルギー、恐るべしだ。

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