川上氏長男・貴光氏 V9名将の支えだった家族愛

[ 2013年12月3日 05:30 ]

遺族代表として謝辞を述べる川上貴光氏

川上哲治氏お別れの会

(12月2日 東京都内ホテル)
 厳格で家族愛にあふれていた。「V9監督」であり、偉大な父への熱い思いを、長男でノンフィクション作家の貴光氏(67)は遺族を代表した謝辞の中でつづった。

 川上氏は生前「死ぬときは座禅を組んで何も食わず、木が枯れるように死んでみせるからな。よう見ておけ!」と家族に話していたという。しかし、他界する直前までうなぎやすき焼きを平らげ、周囲を驚かせた。そんな川上氏は武骨で口べたで言葉では表現しないが、家庭の中では「優しさにあふれて、家族は大きく包み込まれる愛を感じて生きてきた」という。

 川上家の転機となったのは64年12月。監督4年目のシーズンは3位に沈み、マスコミの批判の嵐にさらされた。そのストレスから董子(ただこ)夫人が難病の「潰瘍性大腸炎」で倒れた。退院して自宅に戻った夫婦の間でこんな会話があった。

 「このまま監督を続けたら、いつかお前を殺してしまう。いつ監督を辞めてもいい。正直に言ってくれんか」。川上氏の言葉に、夫人は「あなたから野球を取ったら何が残るんですか。私は大丈夫。思う存分、野球をやってください」。その言葉を受けて元気に翌年の春季キャンプに出かけた川上氏から、結婚記念日の2月4日に届いた電報にはこうあったという。

 「過ぎた20年、昨日の如(ごと)し。雨あり風あり晴天あり。変わらぬ誠に感謝す。今日あり明日あり苦楽あり。喜びに満ちて生きて行こう 哲」

 不滅のV9が始まったのはその年(65年)からだ。家族愛。それが名将の支えだった。貴光氏の言葉にV9戦士は静かに耳を傾けていた。

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