桑田氏&清原氏 コンビで殿堂入り新候補 即表彰なら20年ぶり

[ 2013年11月30日 05:30 ]

08年7月、引退する清原氏(右)の打撃投手を務めた桑田氏

 野球殿堂博物館は29日、来年の野球殿堂入りの競技者表彰候補者を発表した。プレーヤー表彰の候補者が22人、エキスパート表彰が20人の計42人。プレーヤー表彰では、清原和博(46=元西武、巨人など)、桑田真澄(45=元巨人、パイレーツ)両氏を含む4人が新たに候補となった。プロ野球の一時代を築いた「KKコンビ」の人気、実績はともに十分。新候補者が即殿堂入りを果たせば、94年の王貞治以来20年ぶりの快挙となる。殿堂入りの発表は来年1月17日に行われる。

 甲子園を沸かせ、プロでも一世を風靡(ふうび)した「KKコンビ」が殿堂入り候補にそろって名を連ねた。清原、桑田両氏はともに08年に引退し、今年「引退後5年以上経過」という条件を満たして即候補入り。競技者表彰委員会関係者は「満場一致で候補に決まりました」と説明した。

 「えっ、そうなんですか。僕はまだ早いでしょう。でも、候補に選ばれたことは非常に光栄であり、ありがたいと思います。家族やファンに支えられ、(現役時代に)結果を残せたからこそだと思います」

 30日に行われる日韓プロ野球OB戦に出場するため韓国に滞在中の桑田氏はそうコメントした。

 2人はPL学園時代に、甲子園で2度の優勝と2度の準優勝。清原氏が放った通算13本塁打と桑田氏の挙げた通算20勝はともに戦後では最多記録だ。プロ入り後も、清原氏が通算525本塁打、桑田氏が通算173勝と一時代を築いた。

 ドラフトでは明暗が分かれた。巨人入りを希望していた清原氏が西武に、逆に早大進学が濃厚だった桑田氏が巨人に指名され、清原氏が涙を流すシーンもあった。運命が2人を引き裂き、没交渉の時期も長かった。

 それでも、「野球人」としては心は通い合っていた。桑田氏が右肘のじん帯断裂から2年ぶりの復帰登板となった97年4月6日の巨人―ヤクルト戦(東京ドーム)。6回1失点で683日ぶりの勝利を挙げたが、同戦で清原氏が巨人移籍1号。2人は「忘れられない日」と口をそろえ、お立ち台でともに目を潤ませた。さらに清原氏の現役最終年となった08年。前年7月の左膝軟骨移植手術から1軍復帰を目前に控えた当時オリックスの清原氏のたっての希望で、スカイマークスタジアム(現ほっと神戸)での練習で桑田氏が打撃投手を務めた。94年の日本シリーズ以来のKK対決。フリー打撃を終えた清原氏が「生涯最高の練習。人生でこんな素晴らしい投手と対戦することはもうないでしょう」と言えば、桑田氏も「高1で彼と出会ってなかったら、今の自分はない。感謝を込めて投げた」。そして、2人は熱い抱擁を交わした。

 「これからも現役時代同様に、全力で野球界に貢献し、恩返ししていきたいと思います」と桑田氏。引退後も東京六大学リーグ・東大の特別コーチに就任するなど野球界の発展に尽力している。また、王貞治氏や野村克也氏ら過去に通算500本塁打以上を放った7人は全員が殿堂入りしている。新候補者が即殿堂入りを果たせば60年のスタルヒン氏、94年の王貞治氏に次ぐ快挙。「KKコンビ」の物語にはまだ続きがある。

 ▽野球殿堂 日本野球の発展に大きな貢献をした人物の功績を永久に称え、顕彰するため1959年に創設。競技者表彰は08年から、現役引退後5年以上経過した人で候補入りしてから15年間が選考対象となるプレーヤー表彰と、現役以外の監督やコーチ、または選手引退後21年以上経過した人が対象となるエキスパート表彰に二分された。プレーヤー表彰は野球報道経験15年以上の新聞・通信、放送の記者(約300人)、エキスパート表彰は競技者表彰で殿堂入りした野球人(約30人)と競技者表彰委員会幹事と野球報道経験30年以上の委員(約70人)が投票。いずれも有効投票数の75%以上の得票で選出。

 ◆清原 和博(きよはら・かずひろ)1967年(昭42)8月18日、大阪府生まれの46歳。PL学園では5季連続甲子園出場を果たし、主砲として通算13本塁打。1、3年夏の優勝、2年時の春夏連続準優勝に貢献。85年ドラフト1位で西武入団。86年に新人王を獲得した。96年オフにFAで巨人移籍。04年に2000安打、05年に500本塁打を達成したが、同年オフに戦力外通告を受けオリックス移籍。08年に現役引退。通算196死球、1955三振はプロ野球記録。

 ◆桑田 真澄(くわた・ますみ)1968年(昭43)4月1日、大阪府生まれの45歳。PL学園時代に5季連続甲子園に出場し、1、3年夏に優勝。2年時は春夏連続準優勝するなど、戦後最多の通算20勝を挙げた。85年ドラフト1位で巨人入団。95年5月24日の阪神戦(東京ドーム)で右肘じん帯を断裂したが、手術を経て97年に1軍復帰を果たした。06年に巨人を退団し、パイレーツへ移籍。08年3月に現役引退。09年には早大大学院に入学。13年は東大野球部特別コーチを務めた。

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