「やまびこ打線」の池田 22年ぶり甲子園出場が確実に

[ 2013年10月26日 20:29 ]

校歌を歌う池田高校ナイン

 高校野球の秋季四国大会は26日、松山中央公園野球場で準決勝を行い、池田(徳島)が9―3で生光学園(徳島)に快勝し、中国・四国地区から計5校が選出される来春のセンバツの出場を確実にした。

 池田は故蔦文也監督が率いて1971年夏に甲子園大会に初出場。74年センバツでは部員11人で準優勝し「さわやかイレブン」旋風を巻き起こした。送りバントを使わず「やまびこ打線」と呼ばれた強力打線で74年夏の金属バット導入後の高校野球界で一世を風び。筋力トレーニングで鍛え上げたパワー野球は82年夏、83年春には畠山準投手(現横浜球団職員)、水野雄仁投手(現巨人投手コーチ)を擁して夏春連覇するなど優勝3度、準優勝2度の輝かしい成績を残した。92年に蔦監督は勇退。出場が決まれば、夏はそれ以来、センバツは27年ぶりの甲子園出場になる。

 岡田康志監督は79年に牛島―香川の浪商を破り準優勝した時の主将。91年の夏から、体調のすぐれなかった蔦監督に代わり指揮をとり、92年夏には正監督として2年連続出場を果たした。98年まで池田の監督を務めた。その後、穴吹に異動し、10年に再び池田の指揮官として復帰している。「退職までに行けるのかなと思ったこともあった」と語るが、恩師から託されたバトンを受け、確実に甲子園への道を切り開いた。

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