小池「格好いいパパ」引退試合で涙の2発 来季は中畑政権入閣

[ 2013年10月9日 06:00 ]

<D・神>8回2死、この試合で引退する小池は2本目となるホームランを放ち、大歓声を受け涙を流し一周する

セ・リーグ DeNA7-5阪神

(10月8日 横浜)
 涙で視界がにじんだ。直球をただ、フルスイングした。次の瞬間、打球は左翼席へ消えた。現役最後の打席だった。DeNA・小池は涙を拭いながら、ダイヤモンドを一周した。

 「多分、(現役生活で)一番振った。涙で(白球が)ゆがんでいた」。4回にも左中間へ今季初本塁打となる勝ち越し2ラン。「最後の根性を見せた」と胸を張った。そして8回に2発目。1試合2本塁打は05年以来8年ぶり3度目だった。15年間の脇役生活。「1、2軍を行ったり来たり」と言う男が派手にプロ生活を締めくくった。ただ、自分をこう表現した。

 「小池イコール犠打。自己犠牲で他の打者が打ってくれればいい。本塁打は頭になかった」

 いつも縁の下の力持ちだった。横浜高で松坂、後藤とともに98年に甲子園春夏連覇を達成。同年ドラフト6位で横浜(現DeNA)に入団し、05年には2番で20本塁打、37犠打。06年も2年連続リーグ最多の39犠打を記録した。08年に中日にトレードで移籍し、2度のリーグ優勝も経験した。

 今季は開幕から2軍暮らしが続き、9月下旬に球団から戦力外通告を受けた。現役を続けるか迷い、後藤、横浜高の先輩・多村に相談。「今の打撃では厳しい」と言われた。「言う方もつらかったと思う。でもおかげで踏ん切りがついた」。引退を決意した食事の席で3人で涙を流した。この日本塁打の後に抱擁した多村と後藤は泣いていた。試合後の引退セレモニー。妻の麻紀さん、3人の子供が見守る中で目を真っ赤にして叫んだ。

 「つらい思いをさせて格好悪いパパだったけど、最後の最後に格好いいパパを見せられた。本当にありがとう!」

 横浜で生まれ育ち、横浜で現役を終えた。来季は指導者として中畑政権に入閣する。「優勝を手助けできる何事にも動じない芯のある選手を育てたい」。自己犠牲の男は誓った。

 ▼DeNA・森本(戦力外となり、2番・右翼で先発出場も2打数無安打)結果より元気な姿を見せられてよかった。オファーがあるか分からないけど、どこか勝負させてくれるチームがあれば勝負させてもらいたい。

 ◆小池 正晃(こいけ・まさあき)1980年(昭55)5月15日、神奈川県生まれの33歳。横浜高から98年ドラフト6位で横浜入団。通算成績は810試合、打率・243、55本塁打、189打点。1メートル82、88キロ。右投げ右打ち。

 ≪田代は満塁弾締め≫80年以降、公式戦最終打席を本塁打で締めくくった選手は83年堀内(巨)、86年山本浩(広)、91年田代(大洋)、99年山本和(近鉄)、08年小野(ヤ)らがいる。この中で田代は10月10日阪神戦で満塁本塁打。小野は10月12日横浜戦で代打本塁打したが、97年7月20日プロデビューの巨人戦では初打席本塁打。史上初の「プロ初打席と最終打席で本塁打」をマークした。最終打席ではないが、89年中畑(巨)、95年原(巨)はいずれも現役最終試合で本塁打。また、中畑は同年の日本シリーズ第7戦でも本塁打を放った。03年広沢(神)も日本シリーズ第7戦の最終打席で代打本塁打し現役生活にピリオドを打った。

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