山崎 引退試合で「諦めついた」 野手史上最長タイ27年…

[ 2013年10月6日 06:00 ]

<中・D>ナインから胴上げされる山崎

セ・リーグ 中日3-4DeNA

(10月5日 ナゴヤD)
 やりきった。充実感に満ちた表情だった。生まれ故郷・名古屋での引退試合。背番号と同じ7度胴上げされた中日・山崎は、3万2971人の大観衆から送られた「山崎コール」に目を潤ませた。

 「きょう試合に出て諦めがつきました。山あり谷ありの波瀾(はらん)万丈の野球人生。ファンの応援があったからこそここまでたどり着いたと思います」

 「4番・一塁」で出場。3回に三浦から中前に通算1834安打目を放った。延長戦に入っても出続け、5打数1安打。最後にアーチは描けなかったが、豪快なスイングで沸かせた。先発した4歳上の48歳・山本昌からの花束贈呈。「山本さんには負けたくないと思ってたけど、負けてしまいました」と先に引退したことを悔しがった。

 やんちゃで一本気な性格から監督と衝突し、トレードや戦力外通告を経験。ただ、裏表のない性格はチームメートやファンから愛された。楽天時代の06年に野村監督から「配球を読む」ことを学ぶと再び才能が開花した。07年に43本塁打、108打点で2冠王。史上3人目のセ・パ両リーグでの本塁打王になった。最後に古巣・中日に復帰したことと、東日本大震災で被災した仙台を本拠にした楽天時代を自身の転機に挙げ「被災者に生きる力をもらった」と感謝した。

 通算403本塁打。野手史上最長タイの27年間のプロ生活が「誇り」と胸を張るスラッガーは今後、野球評論家として第二の人生を始める。「いずれはユニホームを着て恩返しできれば」と将来的に指導者として戻ってくるつもりだ。つかの間の休息へ。豪快な風貌と打撃から「ジャイアン」の愛称で親しまれた44歳が、プロ生活を歩み始めた地でバットを置いた。

 ▼中日・山本昌(山崎の引退試合に志願して先発し、2回を無失点)ジャイ(山崎)が最後、2回もマウンドに来てくれてね。最後かなと思うと寂しいけど、きょうは本当に良かった。

 ◆山崎 武司(やまさき・たけし)1968年(昭43)11月7日、愛知県出身の44歳。愛工大名電では甲子園出場なし。86年ドラフト2位で中日入り。96年に39本塁打で初タイトル獲得。03年にオリックス、05年に楽天移籍。07年には43本塁打、108打点で2冠王。11年オフに楽天を戦力外となり、12年から中日に復帰した。1メートル81、105キロ。右投げ右打ち。

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