“剛腕”辻内、引退へ…1軍マウンド1度も立てず

[ 2013年10月2日 06:00 ]

戦力外通告を受けた巨人・辻内

 プロ野球は1日、第1次戦力外通告期間が始まり、巨人、阪神、日本ハムなど6球団が戦力外選手を発表した。育成選手を含め計33選手に戦力外が通告され05年高校生ドラフト1巡目で入団した巨人の辻内祟伸投手(25)は引退することを決断。8年のプロ野球人生に別れを告げた。今回の通告期間はレギュラーシーズン全日程終了翌日まで行われる。

 かつて剛腕と称された辻内が引退する。午前中に川崎市のジャイアンツ球場で球団から戦力外通告を受けた。「家族と相談します。お世話になった方々には、これから報告します」と言葉を残して帰宅。その後、家族で話し合いの場を設けて最終決断した。

 ただ、以前より今季限りでユニホームを脱ぐ決意を固めており、この日も球団側にその意向を伝えていた。2軍の全体練習前には、戦力外通告を受けた他の4選手とともにナインにあいさつ。ユニホーム姿で練習する仲間とは対照的にジャージー姿だった。

 大阪桐蔭3年時の05年、夏の甲子園の春日部共栄(埼玉)との1回戦で国内左腕最速の156キロをマーク。続く藤代(茨城)との2回戦で当時の大会タイとなる19奪三振を記録し、一躍、脚光を浴びた。同年の高校生ドラフト1巡目で巨人入り。待望の大型左腕として将来を期待されていた。

 ところがプロ入り後は制球難に苦しんだ。さらに07年に左肘関節内側側副じん帯の手術を受けるなど、ケガにも悩まされ続けた。背番号も入団時の15から39、98と2度変更。今年3月に左肘のクリーニング手術を受けた際には「やれることをしっかりとやりたい」とリハビリを続けたが、今季は2軍での公式戦登板もなかった。昨年8月に7年目で初の1軍昇格したが、登板機会はなし。東京ドームのマウンドに立つことなく、巨人のユニホームを脱いだ。

 ◆辻内 崇伸(つじうち・たかのぶ)1987年(昭62)12月5日、奈良県生まれの25歳。大阪桐蔭では2年春、3年夏に甲子園出場。3年夏はエースとしてベスト4入りに貢献した。05年高校生ドラフト1巡目で巨人入団。1軍での登板はなく、2軍では通算75試合で12勝10敗、防御率3.76。1メートル85、88キロ。左投げ左打ち。

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