バレ55号!母の前で49年ぶり「聖域」更新挑戦

[ 2013年9月12日 06:00 ]

<ヤ・広>6回2死、55号ソロアーチを放つバレンティン

セ・リーグ ヤクルト2-6広島

(9月11日 神宮)
 ついに大記録に並んだ!ヤクルトのウラディミール・バレンティン(29)が11日、広島戦の6回に3試合連発となる今季55号本塁打。1964年の王貞治(巨人)、01年のタフィー・ローズ(近鉄)、02年のアレックス・カブレラ(西武)が持つシーズン最多本塁打のプロ野球記録に並んだ。チーム122試合目での到達は史上最速で、残りは22試合。12日の同戦(神宮)で「聖域」とされる49年ぶりの記録更新に挑戦する。

 「世界の王」に並ぶ55号は神宮の夜空に高々と舞い上がり、ヤクルトファンが待つ右翼席へ飛び込んだ。右翼への本塁打は8月8日に39号を打って以来、約1カ月ぶりで今季9本目。バレンティンは一塁ベース手前で右手を上げた。カリブ海に浮かぶ小さな島国からやってきた怪人が、日本のプロ野球史に名を刻むアーチをかけた。

 「神宮でヤクルトファンの応援する右翼に打てて、これ以上うれしいことはない。世界の本塁打記録を持つ彼(王氏)と肩を並べられてうれしく思う」

 6回2死無走者、大竹が1ボール1ストライクから投じた外角への147キロ直球を振り抜いた。53号から3試合連発。ゆっくりとダイヤモンドを回るバレンティンの足元はストッキングを膝下まで見せるオールドスタイルだった。実はこの日、ユニホームのズボンが短いものしかなく、「王さんも現役時代にやっていた」と教えてくれた相川の長いストッキングを借り「尊敬の意を表すため」と、いつもと違うスタイルで臨んだ。

 オランダ領キュラソー島の出身。3年前、26歳の若さで来日した時は、王貞治の名前すら知らなかった。だが、50本を超えたあたりから注目度が一気に高まり「近づくにつれて記録の偉大さが分かってきた」という。

 その一方で「助っ人」としての壁を感じた。「四球攻め」で記録を更新できなかったローズとカブレラの経緯は、当時近鉄のヘッドコーチだった伊勢ヒッティングコーディネーター(HC)から聞いた。「日本人が持っている記録を外国人に破られたくない気持ちも分かる」。8月30日のDeNA戦(神宮)で52号を放ってから5試合ノーアーチ。四球も増え、外角球を強引に引っ張る姿も目立った。しかし「力が入っていたので楽に、コンパクトに打つよう修正した」と練習前は右打ちを繰り返し、外角球をイメージ通りに運んだ。

 12日はオランダ本国のアムステルダムに住む母・アストリットさん(65)が初めて来日する。試合を観戦するのは、レッズ傘下のマイナーでプレーしていた10年以来。母は小さい頃から「頭の形がココナツに似ている」との理由で「ココ」の愛称で呼び、キュラソー島から米国を経て、日本に渡った息子とは週2回は欠かさず連絡を取っているという。

 「インターネットで活躍は見てくれているけど、こんなに記者に囲まれたり、僕がやろうとしていることの重大さは分かっていないと思う。びっくりするだろうね」と笑ったバレンティン。そして「56号を打つ自信はもちろん、ある。母の前で達成できるように頑張りたい」と力を込めた。

 64年に「世界の王」が55本塁打を記録してから約半世紀。数々の助っ人がはね返されてきた大きな壁を、メジャーの高い壁に挫折して来日した男が今、越えようとしている。

 ◆ウラディミール・バレンティン 1984年7月2日、オランダ領キュラソー島生まれの29歳。07年にマリナーズでメジャーデビューし、09年途中にレッズ移籍。メジャー通算170試合で打率.221、15本塁打、52打点。11年にヤクルト入団。11、12年ともに31本塁打を放ち、2年連続本塁打王を獲得。今年6月12日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)で、プロ野球タイ記録の4打数連続本塁打を記録。今春の第3回WBCでは、オランダ代表の主砲として初のベスト4に貢献した。1メートル85、100キロ。右投げ右打ち。年俸は95万ドル(約9500万円)。

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